がんのこと

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がんの体験談 「生きる」ストーリー より子さん②

がんの体験談 「生きる」ストーリー より子さん②

伝えるために、生かされた。

音楽をはじめたきっかけは何ですか。

入院していたころ、おじいちゃんがおもちゃのピアノを買ってくれたんです。一音ずつしか出ないピアノが、初めてのピアノでした。
おばあちゃんが教えてくれる童謡を私は耳コピーで弾いて、たくさんおぼえていきました。
そして小学生のとき、RPG(ロールプレイングゲーム)にはまったんです。そのころのRPGは今よりもずっとシンプルなものだったけど、とても想像を働かせたくなる、クリエイティブな内容でした。音楽もすばらしくて。

ちょうど絶妙なタイミングで、自分で音楽やゲームをつくれるソフトが発売されて、自作の音楽を使った自作のゲームをやりはじめました。
「私のために発売してくれてありがとう!」と言いたくなるくらいでした。

音楽は目に見えないけれど、川のせせらぎのような曲だったら川が見えてくるし、村などの風景や、色さえも表現できる。
自分でつくったお話に、曲がついたときに初めて世界が完成して、なんて素敵な世界なんだろう、音楽の仕事に就こうって決意したのです。
それからいっぱい曲をつくりはじめました。小学5年生のときのことです。

そのころ、私がまゆちゃんに手紙を出そうとしたとき、初めてお母さんが教えてくれたことがあります。
「あなたはがんだったのよ」と。

実は、前に私がまゆちゃんに書いた手紙も、お母さんは出せていなかったことを話してくれました。
私が退院した後、まゆちゃんも、なっちゃんも、旅立ってしまった。あのころの友達はほとんど旅立ってしまっていたという事実を初めて聞きました。
その瞬間、私は、なぜ自分だけが今生きているのかを考えました。私は、なにか託されたものがあって生き残ったんだ。「伝えるために、生かされたんだ」って。
すごいショックを受けた5秒後に、そこにいきついたんです。

2005年にメジャーデビュー。2007年には小児がんのチャリティーコンサートに参加しましたね。

そのコンサートで歌を歌っている最中に、突然頭にバーッと浮かんできたんですよ。
まゆちゃん、なっちゃん、そしてあのころ小児病棟にいた子どもたちの顔が。

まちがいない。なにかメッセージを託されているし、私が背負っているものを見守ってくれているんだと、すごく感じました。
みんな子どものころのまま変わらなくて、なんだか元気そうでした。

私の心の中には彼らが住んでいて、私は彼らの本気を受けついでいると思います。

2006年には、初の全国ツアーが予定されていましたね。

あのころの私は、生き急いでいました。まわりの人が見えていなかった。ピアノと自分が第一だったんですよ。
私はこれをやらなきゃいけないって、使命感を強く感じていましたからね。やりたいようにやって、まわりの人にもさんざん迷惑をかけたと思います。自分の本音を一方的に相手にぶつけるだけ。誰もさわれない、はれもののような子だったかもしれません。

いよいよツアーというときに、腹水がたまったんです。
はじめは、メタボになったと思っちゃって。
ダイエットしたけどよくならず、病院で「卵巣腫瘍。がんの可能性」と診断されました。
ツアーはすべてキャンセルするしかありませんでした。
摘出手術をし、病理検査の結果、良性だということがわかりました。「子供を産むための機能を持つ部分は残しておいたよ、大丈夫。」と、後でお医者さんが教えてくれました。

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