がんのこと

山下弘子さん 肝臓がんを経験 〜 がんになって、いい子をやめました。

山下弘子さん 肝臓がんを経験 〜 がんになって、いい子をやめました。

1992年生まれ。立命館大学在学中、19歳の若さで肝臓がんが発覚した山下さん。手術し、復学した直後に肺への転移があり、同時に肝臓がんも再発しました。がんがあったからこその幸せに注目する。生きているだけで幸せなことってたくさんある。自分のやりたいことに次々とチャレンジする山下さんからお話を伺いました。

19歳でがんが見つかった。

大学1年の夏のことでした。受験勉強からも解放されて、やっとこれから人生が始まる、大人になる、って思っていた矢先に肝臓がんが見つかりました。夏休みに初めてのアルバイト。白浜のホテルに住み込みで、ベルボーイの制服着て、免許ももっていないのに「オーライ、オーライ」なんて車の誘導したり、バイト以外の時間はみんなで観光したり、楽しかった。

その夏の前からお腹がちょっと出てきていて、太ったかな?なんて思っていたのですが、実はそれががんでした。大きくなって肺を圧迫するようになって、肺の痛みで肝臓がんが発覚したのです。

私には直接教えてくれませんでしたが、家族は「余命半年」と宣告されていました。がんになってからの人生で、一番印象に残っている場面があります。それは、最初の検査結果を聞いた母の表情です。先生から別々に話をきいた母と私。私が先に話を終えて廊下で待っていると、診察室から母が出てきました。それまで見たこともない表情の母。この世の終わりだという顔をしていました。この大きさなら転移しているだろうし、手術も、放射線治療も、抗がん剤治療もできない。そんな状況でした。

「弘子、助かるよ、手術できるよ」と母は路上で泣いた。

大学はしばらく休学することに。それまでは勉強、勉強と厳しかった母も一変して優しくなりました。当時発売されたiPad3を買ってくれると言うのでなんばに買い物に行きました。それまで仕事が忙しくてあまりかまってくれなかった母なりの気遣いだったのかもしれません。なんばを歩いていると母の電話が鳴りました。電話に出た母はいきなり、泣き出したんです。大通り、めっちゃ人歩いていたのに人目もはばからず泣きながら、笑いながら私の方にやってきて「弘子、助かるよ、もう大丈夫だよ、手術できるよ」って抱きつかれました。病院での詳しい検査の結果、転移がないことがわかり、できなかったはずの手術ができることになったのです。さすがに私も一緒に号泣でした。

手術前、ぎりぎりまで明るくヘラヘラ笑ってた。

手術の日は、びっくりするほど普通の一日でした。私、がん患者のドラマを全く見たことがなかったんです。だからがんに対する嫌なイメージも19歳の私はそんなにもっていませんでした。もちろん多少の緊張はありましたが、変に泣いたりすることもなく、私は私のままでした。「手術室、めっちゃ消毒されてるんですね」とか「ここに寝るんですね、お願いしまーす」とか看護師さんに話しかけて。「手術室でこんなに明るいヘラヘラした患者を見たのは初めて」と主治医からは言われました。麻酔しているのに、意識が途切れる瞬間まで笑っていたそうです。お腹の傷跡はすごくきれいに縫ってくれました。笑顔作戦、成功です。

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