がんのこと

「がんを経験された方のお話」 愛知県 ようこさん

「がんを経験された方のお話」 愛知県 ようこさん

がんを経験された方々の貴重な体験談を語っていただくシリーズです。
※がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。

まさか、28歳で乳がんになるなんて。手術で両胸をとることが決まったときは、ほんとにつらかった。先生と相談して、手術と同時に胸を再建することにしました。目がさめると、そこにはふくらみがありました。新しい胸は、毎日少しずつ、自分の胸になってる気がします。

しこりのない両側の乳がん。リンパ節が痛くなって、初めて気づきました。

名古屋から電車で20分、お隣りさんともつきあいのある、ほどよくのどかな雰囲気がある町で私は保育士として働いています。

きっかけはある日、右の脇下が痛くなったことでした。何日たっても痛みがひかず、ついに夜も眠れないほどに。乳がんになったことがある母に聞いたら、「乳がん自体に痛みはない」と。それで安心していたら、看護師の姉から、「何にもなかったら何にもないでいいから、とにかく一度病院でみてもらったら」と言われ、とりあえず病院に行きました。母が42歳で乳がんを経験していたので、いずれ自分もなるのかも、と心のどこかでは思ってはいたのです。でも、まさか20代でなるとは思わなかったので、検診も受けていませんでした。

検査の結果、両側の乳房にがんが見つかりました。しこりを作らない種類のもの。乳房全体にがんが拡がっていたみたいです。脇の痛みは、リンパに転移しているためでした。大きさ的にも、場所的にも乳房温存という選択肢はなく、両側の乳房全摘という説明を受けました。

喪失感を持たずにすんだのは、同時再建手術という方法をとったから。

30代の女性の主治医は、同世代ということもあり私の気持ちをすごく考えてくださいました。乳房全摘の告知の段階で今までと同じふくらみをつける「乳房再建」という手段があることも教えてくれました。独身で結婚の予定もありませんが、妊娠の可能性を残すために卵巣凍結保存※1という方法をとることになったのも先生のアドバイスのおかげです。両側の乳房摘出、同時再建、その後の抗がん剤治療、放射線治療という方針があっという間に決定しました。不思議と覚悟は決まり、そのとき仕事が忙しかったこともあり、ちょっとほっとしたようなところもありました。7時間の手術が終わって目が覚めたときには、そこにふくらみがありました。喪失感はありませんでした。

※1 卵巣凍結保存・・抗がん剤の治療で機能が失われる可能性のある卵巣を治療前にあらかじめ取り出して凍結して保存し、治療が終わり、病気を克服したのちに、凍結しておいた卵巣を元の体内に移植し、卵巣の機能を再度回復させる。がんになった若い女性が将来子どもを授かるための選択肢のひとつ。

「おかあさんの胸をあげたいけど、1個足りないんだよ」がん経験者の母は明るく支えてくれました。

病院へはいつも母が付き添ってくれました。乳がんになってから15年たっても元気で、明るい性格の母の存在はいつも私を安心させてくれるものでした。寡黙な父は私には直接なにも言いませんでしたが、パソコンが欲しいと言ったら買ってきたり、猫が欲しいと言ったらもらってきたり。それも2匹も。

姉からは「お父さん、もっと普通にして。今まで通り普通に接してあげなくちゃ」と怒られていました。母からは「お父さんがお金は気にせず、好きなようにやりなさいって言ってる」と聞きました。治療費を心配しなくてすむのは父のおかげです。

乳房再建には時間もお金もかかります。シリコンと、ふくらみをつくるために皮膚を広げるエキスパンダーも用意しなくてはならず、それにもお金がかかりました。結果的にはエキスパンダーは使わなかったのですが、念のため事前に入手しておく必要があったのです。※2

※2 乳がんの全摘手術後の乳房再建に使う人工乳房は、このストーリーでのようこさんが治療を受けた当時は自費診療でしたが、2013年7月より、一部については公的医療保険の適用対象となっています。

「今辞めることはない。復帰してから考えればいいこと」
同僚の言葉が、私を社会につなぎとめてくれました。

病気がわかったとき、保育士の仕事を辞めようかと思っていたのですが、職場の同僚に「戻って来て、無理だったら辞めればいい」と言われて思いとどまりました。

入院中の病棟の窓からは、病院の託児所が見えました。子どもたちの姿に、自分の職場の子どもたちを重ね合わせて、よく眺めていました。

プールで遊んでいたら、今頃プールではしゃいでいるのかなあ、とか、カーテンが閉まっていたら、ああ、お昼寝の時間だ、とか。見るたびに自分が働けない悔しさを感じましたし、同時に「絶対、職場に戻るんだ!」と改めて強く感じることができました。

抗がん剤治療をしながら、働くことも考えていたのですが、私の場合は副作用がきつく、1年間休職することになりました。

いざ復帰してみたら、右のリンパをとっているため、重たいものが持てないので、赤ちゃんの抱っこができないんです。保育士なのに、泣いている子を抱っこすることができない。負い目を感じて、職場の別の先輩に相談したら、「保育士はいろんな人がいていい。絵本が上手に読める人、絵が描ける人、歌が子どもと楽しく歌える人、抱っこするだけが仕事じゃない」と言ってもらえました。とても嬉しかったのを覚えています。

普通の30代の独身の女子として生きたい。だから働く。

今の私にとって、仕事は名刺みたいなもの。私が私です、という証明です。旅行でも、ライブでも行きたいところに行って、会いたい人に会って、そうやってお金を使って、また働こうっていう活力がわいて、生きていく。新しい胸も、だんだん自分の胸になってきた気がします。おしゃれして、恋をして...恋はちょっと苦手だけど。そんな普通のことができるのが幸せです。

休職中に職場のみんなに近況を知らせる掲示板代わりに始めたブログで、同じ病気の友達もできました。顔も本名も知らないのに、検査の結果が良かったらお互い喜び合えるんです。ときどき会って、おしゃべりをするブロ友さんもいます。リアルな友達とブロ友さんと、お世話になった先生方、そしてもちろん家族、周りの人にめぐまれているなあと感謝しています。

今の職場で働く前、憧れだった海外に1年半ワーキングホリデーで住んでいたのですが、またあのころのようなキラキラした自分に戻れた気がしています。病気にしばられてクヨクヨするより、私は、同じ1日なら楽しんで笑っていたい。自分のための人生ですから。

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