がんのこと

「がんを経験された方のお話」 静岡県 まさきさんのお話

「がんを経験された方のお話」 静岡県 まさきさんのお話

がんを経験された方々の貴重な体験談を語っていただくシリーズです。
※がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。

35歳は、仕事漬けの日々でした。「パパなんかいなくていい」息子に言われました。
がんが見つかったのはそんなときでした。通院しながら働くために、残業も減らしました。
幼稚園の送り迎え、子供と通うプール。イクメンパパも、わるくないなと思います。

仕事で多忙を極めた日々。家族との時間なんてほとんどなかった。

地元では「いわたっぱら」と呼ばれている大草原。東京からそう遠くないのに、地平線が望めるほどの広々とした自然に恵まれた土地で、私は製造業のエンジニアとして、工場の生産ラインの設計に携わっています。国内の工場の統合や、海外への移転を担う仕事です。

ひとつの製品をつくるために、約1万個もの部品を扱う生産ラインを構築する作業は規模も大きく、精度も要求され、時間もかかります。残業が続いたり、休日出勤をしたり、それこそマシーンのようにがむしゃらに働く生活を4、5年続けていました。

お酒も大好きで、飲み会で泥酔するまで飲んだり、夜中に焼肉や寿司を食べに行ったりすることで仕事のストレスを発散していました。家族とゆっくり過ごす時間なんてほとんどありません。たまに外食に行くくらい、でしょうか。

念願のマイホームを建てて、半年後。まさか自分ががんになるなんて。

そんな生活をしているさなかのことでした、大腸がんが見つかったのは。マイホームを建てた半年後、3人目の子供がもうすぐ生まれる、というタイミングでした。病気が見つかる2年くらい前からたまに血便があったのですが、痔もあったので肛門科の病院にかかるだけで、この年齢でがんっていうこともないか、と詳しく診てもらっていなかったのです。

会社の健康診断をきっかけに内視鏡検査を受けることになり、大腸がんが判明しました。さらに詳しい検査の結果、かなり進行したがんであることがわかり、手術をした後、強い抗がん剤治療をうけることになりました。

気持ちのためにも、収入のためにも、1か月で職場復帰しました。

腹腔鏡手術だったので、幸い術後の回復も早く、1か月もたたずに職場復帰できました。働かないと収入の面でも困りますし、気持ちの面でも、働いて社会に役に立っていると実感できるほうが前向きになれるので、早く復帰したい、という想いがありました。実際、生活も規則正しくなるし、仕事や通勤がいい運動にもなるので体のためにもよかったと思います。

その後の約1年におよぶ抗がん剤の治療も、働きながら、です。2日間かけて徐々に体に薬を入れていくのですが、薬のタンクをポシェットみたいにぶら下げて、寝ている間も仕事しているときもつけっぱなしで注入しつづけました。

倦怠感などの副作用はありましたが、通常の生活をしながら抗がん剤治療が受けられました。主治医は、私の生活を大切に考えてくれて、いつもの生活を崩さずに、かつ治療の効果を最大限高めるように調整してもらえて、助かりました。

「なにがあっても、生きていくしかないだに」と、5歳の息子。

がんになったとわかった時まず最初に思ったのは、家族のこと。生命保険には入っていませんでした。まさか30代でがんになるとは思っていなったので、がん保険も、50歳くらいでいいかな、と先延ばしにしていたのです。

もしものことがあったとき、残された家族の生活が成り立つのか心配で、学費や生活費の試算までしました。それまで子育てに関しては、子供は親の背中を見て育て、という放任主義でやってきていました。子供には「怖いパパ」と映っていたようです。叱るだけだったので。息子が言った「パパなんていなくていい」という言葉も当然なんです。実際家にいなかったですし。

病気になってから残業や休日出勤をしなくなったこともあり、子供たちとじっくり向き合うことができるようになりました。イクメンパパとして一緒にプールに行ったり、動物園に行ったり、バーベキューしたり。子供はちゃんと見れば見るほど、感受性の豊かな子になっていってくれるような気がします。

ドライだった子供たちの言葉も、最近あたたかい言葉に変わってきています。「なにがあっても生きていくしかないだに」という息子の言葉にははっとさせられました。私が再発を心配しているのを知っていて、子供ながらに、くよくよしてもしかたがない、と伝えてくれているのです。七夕に娘が書いた「家族で楽しくえがおでいられますように」という短冊も、リビングの壁に飾っています。

久しぶりの中国出張の朝、娘が人参ジュースをつくってくれました。

もともと自分のキャリアプランとしていずれ中国で活躍したい、という気持ちがありました。一通り中国語も身に着けたし、工場でいろいろなことをやるスキルもエンジニアとしてのスキルも磨いてきたつもりです。先日、久々の中国出張が叶い、復活できたな、と。出発の朝、毎朝飲んでいる人参ジュースを珍しく娘がつくってくれました。娘なりに心配してくれている気持ちが伝わってきました。

今は、仕事だけでなく、子育ても、趣味もバランスよく楽しんでいます。家庭菜園で無農薬の野菜をつくったり。日曜大工で棚をつくったり。趣味のピアノで好きな曲が上手に弾けたときも、嬉しい瞬間です。

あたりまえの生活が、明日まで続くとはかぎらない。がんになってからジェットコースターのようだった1年が過ぎて今ちょっと落ち着いたところ。

人生は有限なのだ、ということを意識して、自分なりのライフスタイルを大切にしたいです。いわたっぱらの川沿いに咲く桜を毎年見るのを楽しみに。

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