• がんを受け入れるコツ
  • がんと闘うコツ
  • 自分らしく生きるコツ
  • 趣味や仕事に見出すコツ
  • 大切な人とのコツ
今日一日を満足して生きる
兵庫県43歳女性
未来の希望は遠すぎて気弱になるので今日一日を満足させたかを目標に看病してきました。季節の変化、子供の学校での様子、食べる事の楽しみ、何でもないごく普通の事ですが笑みが出る一日を過ごしながら闘病生活は過ぎていきました。明日の希望を持ちながら。
明るく生きる事
茨城県58歳女性
私は乳癌にて両側の乳房を失いました。二度目の時は悔しくて泣きましたが、今は一日一日を大切に明るく生きています。お守りのつもりで入っていたがん保険はありがたかったです。心配なく療養する事ができました。
気持ちの切り替え
岐阜県46歳男性
何か悪いことが起きると気持ちが落ち込むものです。でもその出来事が自分にとって将来プラスになることかも。そう考えるだけで気持ちが楽になり物事もうまくいくような気がします。病気になった時もそう思うようにしています。
ストレスさん!さようなら。悩まないようにする。
福井県42歳女性
今は、何かとストレスがたまりやすい世の中です。1人でなんだかんだと考えてもラチが開かずまた悩む。悪循環です。「なるようにしかならない」と言う精神力が必要だと思います。開き直りと取られがちですが人は人ですものね~。自分らしく生きる事は素晴らしいです。
自分を大切に!
愛知県46歳女性
以前は家族のことを優先して自分のことは最後だったり後回しだったりでした。この病気になってからは、まず私が元気でなければ家族を支えられない事に気付き、自分を優先して大切にするようになりました。
転んでもタダでは起きない
高知県46歳女性
血液の癌という石につまづいて転んでしまいました。なら、私は癌という石を拾い上げ、今後の人生に何か使えないか考えます。そうだ!私の治療の経験をみんなに話してあげることができるじゃない!入院に必要なもの、しておくこと、残った家族のこと、抗癌剤の副作用のこと...寝てなんかいられない。私が癌になったことで、「経験値」がアップしました。また一つ、人様の力になれそうなことが増えました。
つねに素直に生きること。
東京都30歳女性
何があっても一日一日が楽しくなくてはと思います。だけど落ち込みたいときや泣きたいときはとことんへこんでもいいと思います。もちろんハッピーな時は大きな口を開けて笑い、自分の気持ちに素直になることが大切だと思います!!
規則正しい生活をすること
三重県42歳男性
私は心の病で、朝どうしても起きることが出来ませんでした。でも療養と投薬で徐々に起きれるようになりました。元気になるために一番大事だったのが、家族の理解でした。
病気はガンではありませんでしたが、ストレスをためすぎるとなんらかの病気になります。たとえガンになったとしても、その事を自分の一部として受け止めて自分に素直に生きる事こそ生きるコツだと思います。
人と比べない、人を羨まない
愛知県35歳女性
どうしても、この病気になっていなければ・・・と思う事が多くあります。でも、なった現実は変わらないのだから、今の自分を受け入れ、受け止め、人と比べず、人を羨んで自分を卑下しない、無理させない事が大事だと思っています。
笑う
京都府34歳女性
がんで一年半の闘病生活をしていた元上司の話です。「なんでもない、(日常の笑い話みたいな)あほなメールが一番嬉しい」心配するあまりお見舞いに行っても深刻な顔になりがちだった私の反省も含めて、今思えば「特別な何か」をして欲しいわけでもなく、今までどおり病院生活を送る前の「日常の香り」を運んでお目にかかるのが一番喜んでくれたのではないかと思います。DVDももっていきましたが、抗がん剤の副作用が出ている間は見られないようです。耳だけで聞ける「落語」のCDがいいよ、と後で別の知人から聞きました。病室で笑ったりしたら不謹慎かと思い、ついつい腫れ物に触るように接してしまいがちでしたが、自分が別の病気で入院したときには「普通にしてくれる事」が本人にとって一番嬉しいと、改めて実感しました。その中でも「笑う」ことはすごく大事だと思いました。
周りの人に自分が癌であることをかくさない
埼玉県44歳女性
乳がんにかかった友人の話です。彼女はまるで「きのう、ちょっところんじゃって」のように軽く「ちょっと乳がんで」と話をきりだしてきました。全く深刻な様子がなく、「治るから大丈夫」と信じてました。彼女のご家族もそれにつられたのでしょう、暗さはありませんでした。手術をして約2年、先日元気に我が家を訪ねてくれました。
10年後の夢をもつ
兵庫県45歳男性
44歳で腎細胞癌と診断されました。人間ドックで発見され、まず家族の事が頭をよぎりました。下の子がまだ小学生です。父が膵臓癌で63歳の若さで他界しているので、多少覚悟はできていましたが、こんなに早く癌になるとは!復職してもいつリストラされるか、再発・転移などの不安は拭えませんが、今は「10年後の夢」を描いています。10年後には社会貢献できる人間になりたいと思い、家族にその計画を話しています。時折、家族からアドバイスをもらったりして、家族から支えられている事を実感しています。「人生設計を具体的に描くこと。」これが、がんと生きるコツだと信じています。
とりあえず前向き前向き!何も怖いものは無い。
東京都56歳男性
平成14年8月に前骨髄性急性白血病にかかりました。医学の進歩と素晴らしい看護体制、上級上質に教育された看護師の布陣。そして家族の愛、亡母、兄弟、親戚、友人そして御先祖様のお力等々・・・のお陰をもち現在は最前線で仕事に邁進中。世の中に感謝そして「前向き」な心と「真摯」な気持ち。後は神様がお決めになるのみ。
なんでも前向きに!!
静岡県34歳女性
28歳で乳がんになった。子供が欲しかったのに・・・治療とこれからの事を考えると諦めるべきかとも思ったが、主治医と相談し産む決心をした。その後5年経ったが二人の子供に恵まれた。大切な私の宝物。前向きに考え、宝を授かれた。諦めないことが大切!!
普通に暮らす事、普通の生活への感謝。
福岡県41歳女性
父が原因不明のリンパ癌で79歳で他界しました。生前は放射線治療で入院中、週末は家に戻り、体力、精神的に辛かったでしょうが、落ち込む事無く、普通に行動している姿をみていて、気持ちで負けないようがんばっていたんだろうと父の姿をみて尊敬しました。
心を広く持って生きている事に感謝しマイペースに生きる
東京都35歳女性
私が癌になり感じたことです。それまではいつも急いでいて自分の事で精一杯で、人に感謝した事もあまりありませんでした。癌になる数年前に母を同じ癌で亡くしましたが、癌になる辛さは本人しかわからない感覚だという事を実感しました。入院をしたとき、夫や友人が心から心配をしてくれて体に良い物や噂で癌に効くサプリメントなどを持ってきてくれて、涙が出るくらい嬉しかったのです。その後手術は終わり、今は定期的に検診に行く生活をしています。今は自然の緑や動物など、外で見かける全ての物に感動して自然に涙が出てくるくらいです。
仕事でも遊びでも、徹夜はしない。
神奈川県31歳男性
20代は自分の体力の限界までやっていましたが、31歳でガンになってからは絶対に無理をしないようにしています。たとえそれが遊びであっても、徹夜まではしない。ほどほどのところで自分にブレーカーを落とすようにしています。
とことん自分にやさしく、我侭に・・
神奈川県52歳女性
仕事、仕事、仕事で過ごした20年余り・・、いつも自分の事は後回しでフル回転していた。「癌=死」という昔のジンクスに怯えながらの手術、さまざまな後遺症と付き合いながら気づいた事は「生きているって素晴らしい」というよく耳にする言葉だった。今はどこへでも行くし、やりたい事は何でもしている。周りに迷惑をかける手前でブレーキをかけ、かなり我侭に生きている。私の人生だからONもOFFも一生懸命にそして楽しく!
笑うこと。
兵庫県41歳女性
がん告知を受けてから毎日泣いていました。頑張って生きてきた結果がこれなのかと。でも泣いていても何も始まらない。何も生まれない。誰も喜ばない事に気づき、苦しい時も笑って過ごすことにしました。その結果周りの人も苦しいのに笑っている私に何かしてあげたいと言ってくれ、沢山の方に励ましをもらいました。
「医食同源」自分に合った食生活をこまめに実行する
大阪府75歳男性
今まで達者だった私が平成12年の10月に初めて肝臓癌になって「カテーテルに依る肝動脈閉塞栓術」を受けました。以来通算で「ラジオ波焼灼療法」や「リニアック」などで10回入院していますが、毎日食生活には充分気を付けてフコイダン療法アポトーシス療法の為に、もずく・めかぶ・舞茸・納豆・ニンニクなど欠かした事はありません。お陰で免疫力も高くなって平常体温も36.8℃~37.0℃にUPしました。「共存共生」を心掛けてクヨクヨせず前向きに生きて行く事じゃないでしょうか!
大切な時間を楽しく生きる事
埼玉県43歳女性
私が、がんと向かいあう生活になって、もうすぐ1年になります。すぐにくよくよ悩んだりする性格も手伝ってか、不安感や恐怖心で一杯になる日もよくあるのですが、悩んでいるより、今のこの大切な時間を楽しくのびのび生きる事、それがこの病気の一番の特効薬だと思うようになりました。病気になってとても怖かったけれど、自分自身の生き方を見つめ直す事も教えてくれたように思えます。そして夫や家族、病院の先生方、友達、私を助けて下さった沢山の人達に感謝して生きて行こうと思います。
感謝
北海道42歳女性
「がん」という病名を聞くと、何を想像しますか。
絶望・死・痛み・苦しみ・不幸・お金の問題・仕事の問題・家庭崩壊・・など浮かぶ発想は、ほとんど否定的なものだと思います。
私も、そうでした。覚悟を決めるまではー。
現実は、全てを受け止めたはずの今でも自分の気持ちを下に引っぱろうとする力が湧き起こり、私はそれに負けずと上に上がりたいという、心の綱引きです。
そんなに大変で気の毒に・・と思われるかもしれませんが、そうやって毎日を過ごしてているうちにあることに気づきます。
前より私は、強くなっている。人の幸せを本当に願えている。
これまで、どんなに頑張って自分を変えようとしてもできなかったことが、できるようになっているのです。
「ありがとう。」
辛いけど一人で頑張る!
奈良県47歳女性
私はとっても弱い人間。だから優しい言葉をかけられたら泣いてしまいそう。確かに自分の中ですべてを解決していくのはとっても辛い。だからといって自分が感じているこんな辛い気持ちを大切な人たちに押し付けることは出来ない。周りに平静を装うことで自分の気持ちを奮い立たせている。
自分を大切にして生きること
広島県48歳女性
私は今から15年前に33歳という年齢で胃癌になりました。私が癌になってからの日々を過ごすにあたって心掛けてきたことは、まず、ストレスを溜めない努力をすることです。それまでの私は、人の言動が気になったり心に何か引っかかる事があると、いつまでも思い悩む性格でしたので「嫌なことを嫌」だと言える自分になろうと思い、我侭なようですが、なるべく嫌だと感じること、人・・・に関わる前に自分を遠ざけるようにしてきました。私は癌と共存する為に特別な事はしなかったですが、上手に人と関わりながらも常に自分を労わってきたように思います。そして病気に対してもあまり、悪い例は信じないように「良い例」だけを信じることも大事だと思います。同じ病気の人達との交流を通じて救われた時期がありました。それによって長年生きておられる人の存在が励みにもなりました。だけどやっぱり生きていくコツは「自分を大切にすること」、これがモットーでした。
ころんでもただでは起きない。キャンサーギフトを拾って起きる。
山梨県52歳女性
告知を受けたとき頭の中は真っ白になった。「なぜ、私が」「どうして・・・」。手術を終え、治療がすすんでいくにつれ、だんだん気持ちが落ち着いてきて自分の人生について考えるようになった。一度しかない人生。みんな等しく死を迎える。それはいつかはわからない。死を恐れておびえて生きるより、同じ時間なら充実した人生にしたいと思うようになった。次第に考えかたが積極的になってくる。これを「キャンサーギフト」と言うらしい。がんになったことは悪いことばかりじゃなかった。どうせならキャンサーギフトを受け取ろう!
ありのままに生きること自分に正直になりました
栃木県44歳女性
幼馴染が子宮癌で亡くなったとの連絡を受けたその日、病気知らずの私は胸にしこりを見つけました。長女と三女の卒業式を目前にし、仕事、家事、学校役員、寝る暇を惜しんで動き回っている時のことでした。仕事が終わってから長女のいる東京へ車をとばし三女の卒業準備に毎晩徹夜し、会社では理不尽な人間関係に悉く疲れている時でした。手術をし抗がん剤治療、薬によって支配される自分が悔しくてなりませんでした。私はもうお荷物になるしかないのかしら・・鬱になりそうでした。辛い一年でした。その時、「同じ病気でがんばっているって聞いてさ。」遠く離れた友人の無口なご主人が電話をくれました。ご主人が癌だなんて一言も言わなかった友人、バリバリのエリートご主人。「俺は鬱になっちゃってさ。大丈夫かなと思って。」と。ほんとに救われました。彼は今、超エリート管理職からヘルパーに転身しています。彼のお陰で私も素直に自然体で生きています。
明日以降の予定を考える
北海道41歳女性
予定を確認したり考えたりしているとやる事が沢山あって忙しい自分に気がつく。仕事じゃなくても本を読むとか買物に行くとか些細なことでも良い。元気になっている自分に気がついてガンにはなったけどこうして生活出来ていることがうれしい。
生きてるってことを実感すること。
広島県42歳男性
バイクで季節の風を感じながら自然の中を走る。
子供やかみさんといっぱい色々な話をして笑う。
・・・とにかく、何でもいいから自分が生きてるんだって事を実感出来る楽しい、嬉しい事をするのが大切だと思います。“生”への執着が再発・転移を防ぎます!
今までの自分を否定しない、そして誰も恨まない
東京都47歳女性
のんびり明るく気楽に生きてきた私が、壮絶な闘いに足を踏み入れてしまいました。
どうして?と問いかけても答えは出ない。もちろん誰のせいにも出来ない。
ならば今まで通りの自分で生きるしかない。
始まったばかりの闘いの先は見えないけれど、涙のあとには笑える自分を大事にしていきたいと思います。
楽しいことを想像する
愛知県43歳女性
悲観的な事を考えはじめるとどんどんつらくなり、涙が止まらなくなって、不幸が寄ってきそうな気がするので、楽しいことばかり考えるよう努めました。「笑う門には福来る」と信じて。
過去への後悔意味はなし!この瞬間にこそ意義あり!
神奈川県45歳女性
あなたのがんの原因が思い当たらないと言ったらうそになる。でもあの時「癌になるかも...」と思っても、やるしかなかった。だから今、笑顔のあなたが居て、元気なあなたの家族が居る。あなたは言う「私が癌で死ぬなんて決めつけないで!明日交通事故で死ぬかも...」。確かに癌で死なないのだから、過ぎた日々への後悔などいらない。明日のことなんて分からないのだから、この瞬間に生きていることに大きな意義がある。私は、「過去」「未来」にこだわることなく、今を生きることをあなたに教えられた。
いっぱい涙流したり、大きな声で笑ったりする。
岡山県53歳男性
世の中の多くの人からや、事象から受け、与えられる感動が、文句なしに自然に自分の表情に表れる。その瞬間、体内のガン細胞が涙や笑いの成分に溶け込んで体外に出て行ってしまう。そうあってほしい。
自分の今できる事は!あせらず!あきらめず!
大阪府50歳女性
乳がん患者会に携わり、今なにができるのか?何を求められているのか?先を見過ぎず、今できる事を自分の力の限り取り組んでみた事だろう。できるか?できないか?を考えるのではなく、ただ力の限り進む。そこに、不思議と人のエネルギーが交錯され、お互いにパワーのキャッチボールができあがる。けっして、あせらない。けっして、あきらめない。まるでお互いのエネルギーが相乗効果をもたらしてくれているようだ。周りの人達とも、知らず知らずに生きている喜びを共感し、感謝の気持ちが湧き上がってくる。無欲に取り組み、生み出す事の素晴らしさを知る爽快感。ちょうど山登りと同じである。辛い事、苦しい事もその途中であろうが、登りきってしまうと達成感を得ることができる。その積み重ねが私の生きるエネルギーになっているように思われる。
小さくてもいいから目標を決める!
埼玉県42歳男性
私がガンになったのはまだ30代半ば。子供4人をかかえての身で宣告されたが無事手術で乗り切った。再発の心配も有ったが、くよくよしてる暇なんて無い。当時はやりたい事があって早く治したい一心だった。入院中に吐血、意識不明になった時の絶望感を思い出せば、回復してるだけに多少の辛さは平気だった。体重も半分近くまで落ちてしまったけど、今は子供の成長の楽しみと地域の福祉向上という目標を持って、焦らず自分に出来る事をやっている。6月でガン摘出手術から満5年目。一つの区切りが終わる...
くよくよせず明るく前向きに進むこと
東京都55歳男性
肺がんを告知されて、手術できないと言われ、放射線治療と抗癌剤治療しか選択肢がなかった。でも色々調べているうちに代替医療や補完治療も見えてきた。きっと治ると信じ、毎日明るく進むことで次の希望も見えてきた。2年後に手術ができ、転移し再手術もあったが、この7年を振り返ってみれば明るく前向きにきたなあと思う今日この頃だ。
毎日ワクワクすること
北海道40歳女性
昨年、乳がんの告知を受け手術をしました。
病気になる前の私は自分の思っていることや考えていることを表現することが苦手でした。
病気のおかげで知り合うはずもなかった友人達と出会うことができ、いやなことはしない、毎日いかに楽しく過ごすかを教えてもらいました。今は、自分を楽しく表現することを心がけています。
最近は自分の思ったことが現実に叶うようになりワクワクしています。
また、父が肝臓がんなのですが、病気前は患者の立場の心理状態がわからなくて心無い言葉など何も考えず言っていました。
自分がガンになって初めてあのときの父の気持ちがわかり、なんてひどいことを言ったのだろうと後悔しています。
がん患者の不安定な精神状態は経験したものにしかわからないと思います。
経験した微妙な心の揺れをこれから周りの身近な人達に活かせたら・・と考えています。
思い通りに生きること
京都府49歳女性
乳がんになって手術をした日から、いつ何が起きても悔いの無いように、思い通りに生きると決めました。痛くて辛くて怖くて悲しくて。泣いてばかり。ダメだ。楽しく思い通りに生きよう。少々の我儘も聞いてもらって、私のままに生きられるだけ生きるんだ。そう決めました。家族の愛情の中で私らしく生きます。いつか来る最期の日に、楽しかったと言うために。
愉しむより愉しませて
三重県60歳男性
痛いの痛いの飛んでいけ!
癌も病も飛んでいけ!
笑いのパワーで吹き飛ばせ!
いつもの笑顔で吹き飛ばせ!
私もみんなと愉しめるなら、みんなの微笑み特効薬
やりたい事をがまんしない。
鳥取県44歳女性
病気の最大の敵、ストレスに打ち勝つには、何か夢や目標、楽しみを持って、それに向かって日々送る事。やりたい事はできるだけ、我慢しないようにしています。させてもらえば、人にも優しくなれるし、心に余裕も出来てきます。そして何より、1度きりの人生ですから、後悔無いよう過ごしたいです。
無になること。
大阪府48歳男性
人間、早かれ遅かれ死に直面する時期が来るものである。限りある人生の日々を、毎日、楽しく、笑いで過ごすほうが私にとっては、有意義であり幸福感を肌で感じることが出来る。現在の病の事を脳裏から完全に無くすことは不可能ではあるが、そのようなことは日々、考えないように過ごすことに尽きる。一日のうち、数時間ではあるが、精神統一で無になることで心の気持ちを癒している。病もしくは死を前向きに考え、素晴らしい日々を過ごすことが一番である。
好きな肌触りの物を身近に置くこと
島根県37歳女性
リネン類やパジャマ、またはタオルなどを好みの肌触りの物にすることによるリラックス効果は大です。ぬいぐるみでもクッションでも、触れていて気持ちが良い物は、幼い頃の幸せな記憶を思い起こさせてくれるのではないでしょうか。乳幼児が肌身離さず持つタオルや毛布のように...。たとえ大人でも守られているような安心感があります。
普通の日常
東京都43歳女性
主人は肺癌の術後、歩く事もままならない程の呼吸困難となりました。それまでは飼っている犬の散歩が楽しみの一つでしたのに。これは可哀相な事になったと思っていたのもつかの間。何とか散歩に連れて行ってやりたいという主人の一念が、リハビリに取り組む意欲となりました。いつもと変わらない普通の日常が何よりも生きる糧となる事を知りました。
夢を持ち、毎日を精一杯生きること
東京都52歳男性
会社の検診で肺に影が見つかり、その後の検査で肺癌で余命半年との宣告を受けました。自分だけはそのようなことは起きないと思っていた私はショックを受け、眠れない日が一月半も続きました。気がつくと、周りにはあの世に持って行けない物ばかり・・・いったいこれまでの人生はなんだったんだろう・・・?せめて生きている内に良い思い出を残したいと思い、病院のベッドに縛られて死を待つのを辞め、生まれて初めてフランスに旅行しました。前から大好きだった印象派の絵画を堪能し、日本に戻ってからも大好きだったコンサートに出かけ生きている喜びを感じました。生命のある限り今日一日をせめて精一杯生きようと自分に言い聞かせ毎日を過ごしました。そして今奇蹟が起きています。ある抗がん剤が効いて癌が小さくなりました。癌という病気は私に大きな試練を与えていますが、この病気を通して多くの事も学んでいます。
何でもない普通が幸せ‐それに気づいたこと‐
大阪府44歳女性
実家の父が、大腸癌で逝き、一年後に主人の食道癌宣告!目の前が真っ暗になり、自分だけが不幸と嘆いてばかりでした。でも肉体的にも、精神的にも一番辛いのは、主人ですよね。リスク大の手術、辛い入院生活、良く頑張ったと思います。まだ学生の息子も、両親のフォローに努めてくれ、感謝です。生前父がよく言っていた「旦那さんば大事にせんばよ」、今頃少しわかった気がします。家族が元気で過ごす「普通」が暖かい幸せです。
今日という日は二度と来ない。がんであっても、がんでなくても。
静岡県39歳女性
がんになってからいつも生と死を意識するようになり、「明日はどうなるか分からない」という思いから今日の何気ないありふれた一瞬、家族や友達との会話やいつもの景色などがとても愛しく思えるようになりました。しかしそれはがんである、なしにかかわらず皆同じであるのに健康な時は気づかず、がんという病気が一日一日を大切に過ごすということを気づかせてくれました。「コツ」ではないかもしれませんが...。
すべて自然体で、、、
埼玉県59歳男性
15年前胃がんにより胃を全摘いたしました。5年経過するまでは、ほかの人と同じで、お医者さんに頼ったり、漢方薬や口伝えによるサプリメントを求めたりしましたが、5年経過後は薬も止め、くよくよせず、明るく自然に振舞うことを心がけました。また、会社の人たちには自分ががんであることを説明し、特別扱いをしないようお願いいたしました。このようにどの人とも同じ自分を作り出すことにより、サバイバーとしての今日があると考えます。胃の全摘、胆のう脾臓摘出、すい臓の半分切除しました。
いつもと同じ毎日をいつもと同じように笑ってすごす
山口県26歳女性
一昨年、父は癌で亡くなりました。癌と分かって父が亡くなるまでの一年間は家族にとってとてもつらく、しかしとても濃い一年でした。何か特別なことをしたわけではありません。ただいつもと同じ毎日をいつもと同じようにと笑って過ごしました。笑っているときはいろんなことを考えない分とても楽しかったです。3ヶ月の余命がいつしか1年になったのも「笑い」の威力だったのかもと信じています。病気のときこそ、本当の幸せが日常の中にあると改めて分かるのだと思います。
過去を振り返らず前向きに、幸せ探しの旅をする。
宮崎県46歳女性
私は、癌と付き合い始めて、既に10年以上の歳月が流れました。その中で、3回の手術を経験し、闘い続けてきたのです。癌は不治の病ではありません。早期発見して、初期の段階の治療を正しく受けることさえ出来れば完治も出来ます。私の場合、いわゆる多重癌で、転移性のものではなく全て、原発の癌だといわれています。そうなってくると、これからも、癌にならないとは言い切れません。まだ40代、人生やっと折り返し地点を過ぎた所です。今までの人生を振り返ると他人から見れば決して幸せだとはいえないでしょう。いいえ、逆に可哀想な人だと思われる人の方が圧倒的に多数を占めることでしょう。幸せか幸せで無いかなんてその人が決めることであって他人にとやかく言われるものではないのです。ですので、私はこれから先の人生は、過去にはこだわらず今から先を見つめて幸せ探しの旅をこれからも、前向きにしていきたいと思っています。
毎日を楽しく生きる事
東京都47歳女性
一日を大切に、笑顔を絶やさず楽しく過ごせる様にしています。健康な時は、考えもしなかった小さな出来事がとても大事に思え、すごく幸せな感じがしてきます。無理をせず楽しい事のみ探し出し、また楽しくなる様努力しています。そうしますと、暗く人と話すのさえつらかった事が急に軽くなり、寝れなかったのが、寝れる様になったり、くよくよと考え込まなくなりました。これが病気にとって、一番良いのではないかと考えます。前向きに明るく生きる事が大切だと本にも書いてありますが、本当にその通りだと思います。
生きることを楽しむこと。入院中も運動を。
東京都56歳女性
2001年12月卵巣ガンを患い、12時間に及ぶ手術、6回の抗がん剤治療を受けました。入院中、歩けるようになると、私は萎えた足を引き摺り病院の周囲の緑の中を毎日散歩しました。雨の降る日も傘をさし出かけて、看護師さんや同室の人にあきれられましたが、散歩はとても気持ちが良く、それが心身にとても良かったと思っています。
今ではあの手術、入院は結婚以来息つく暇もなく頑張ってきた私に神様が下さった休養期間だったのだと感謝の気持ちでいっぱいです。ガンになってもうなだれて治療を受けるのではなく、自分の病気は自分で治す、という気持ちが大切だとつくづく思います。
がんばれ!とか元気だして!とか患者に対して言わないことかな。
東京都32歳女性
昨年の7月父は胃がんからの転移で肝臓が機能しなくなりなくなりました。胃がんの全摘出から4年でした。抗がん剤や強い薬にも前向きでした。しかしガンには勝てなかったのです。私は父に対して一度も「がんばって」とか「元気だして」とか「大丈夫」って言わなかったです。だって患者さんってみんながんばってるでしょ。言葉一つでだいぶ心境変わるから、気を付けていました。当たり前だけど、掛けてあげる言葉は大切ですね。それがコツかな。
元気な人に嫉妬する。そんな自分を許してあげる。
静岡県40歳女性
子宮がんで結婚したばかりなのに赤ちゃんを産めなくなった私。妊娠している人やかわいい赤ちゃんを連れている人を見るたびにうらやましくて、嫉妬して、自分を責めていました。でも、つらい気持ちを越えてがんばってきたんだし、嫉妬は当たり前の気持ちと自分を許してあげると思ったらとても楽になりました。
がんばらないようにがんばる
三重県35歳女性
勉強、仕事、家事、子育て・・・。いままでがんばってきた自分がいた。病気になってはじめて、ひとりでがんばってきたことに気づいた。もっと、もっと、みんなに甘えてもいいんだということも・・・。手を差し伸べてくれる人が、たくさんいた。病院の先生、看護師、友達、両親、主人、子供たち・・・いままで気づいていなかった。ありがとう・・・。これからは、がんばらないようにがんばるからね。
気持ちを前向きに
愛知県35歳女性
病気と心のもちようは関連していると思うので、がんになって必要とされる治療を受けることと同時に、残された今ある命をどう生きるかよく考えて有意義な時間を過ごすことが、自分にとってもまわりの人間にとってもいいと思うから。
仲良く
愛知県68歳男性
小細胞肺癌で三年目になります。癌に負けないよう、好きなことをすることです。放射線治療も三十日の所を十五日で終わらせ抗がん剤も四回目の治療です。皆さんは食事が出来ないと言いますが、私は何でも食べれてお酒も飲めますよ。要するに先生を信頼し自分を信頼する事ですよ。お互い頑張りましょう。
明日を信じる
東京都50歳女性
毎日「がん」の事ばかり考えていても、考えずに何かをしている方が体の為だとおもいます。もしも・・・ばかりは疲れ果ててしまう。今、何もなければ良しとしましょう。家族、特にこの子が二十歳になるまでは生きようと、この九年がんばってきました。あと六年。そしてその先もずっと・・・
今までの自分を振り返る。
愛知県23歳女性
今までの自分を振り返ると人の悪いところばかり見てきたので、これからは、いいところを見つけてその人の良いところをみならい自分も、もっとよい人間になりたいです。。
今この瞬間を大切に生きること
富山県30歳女性
まさか自分がガンになるなんて思っていなかった。いろんな意味で後の事なんて誰にも分からないと実感させられた。それなら今確かにある、この瞬間を一生懸命に生きていこうと強く思った。きっと、その積み重ねが未来につながるから。
普段通りの生活
愛媛県52歳男性
自分自身がくよくよ考えず前向きな姿勢で、発見前と変わらない生き方をすることで、家族も従来と変わらぬ態度で接してくれ、明るく楽しく生活し治療を受けることで、克服できるような気がします。抗ガン剤によって髪もすべて抜けてしまいましたが治療の過程でのことであり、特に気にすることもなく帽子をかぶったりして隠すこともせず、自分のありのままの姿で生きていくことが大事と思って、これからも家族と一緒に頑張っていきたいと思います。
癌になる前と同じ生活を続ける。
長崎県22歳女性
母が癌になっても仕事を休まずに化学療法や放射線治療をうけてました。そして休みの日には私と二人で出掛けてました。癌になったから仕事をやめたり、引きこもったりすると体力がなくなり、精神的にもきつくなるので生活を変えないのが一番と思います。
自分を好きになる魔法の鍵
宮城県43歳女性
病気は自分を好きになるきっかけとなった「魔法の鍵」でした。ガンに対する不安・苦しみ・辛さ、家族への負担を思うとやりきれない気持ちになる反面、周囲の人々の思いやり・やさしさ・温もりに触れ日常の小さな出来事に素直に感謝・感動することが多くなりました。ゆっくり自分を振り返り、明日に向かおうとする明るさと穏やかな気持ちで、一歩一歩進む前向きな自分が愛しくて大好き!
ぼちぼちつきあっていくこと。
神奈川県28歳男性
経過観察中です。少し変わったことがあると、いちいち病院の先生に大丈夫でしょうか、と尋ねていました。でも、再発の際には自覚症状は出ない、と先生に言われてからは、自分ができることだけきちんとしておこうと考えるようになりました。ちゃんと定期的に検診を受けること、仕事などで無理をしないこと。病気にあまり時間や心を分けてあげないように、ぼちぼちつきあっています。
我慢しないこと
北海道39歳女性
痛い時は痛いと言い、辛いときは辛いと伝え、心に嫌なものを貯めないで過ごしています。我慢はストレスにつながるので、ほんの少しわがまま言わせてもらっています。
10年後の夢をつくる
北海道39歳女性
主治医から「これから10年間は私とお付き合いすることになります」と言われたので、10年後、すっかり元気になって働いていることを考えて今からケアマネージャーの勉強を少しずつしていきます!
明日はこれをやりたい!
千葉県32歳女性
次の日に課題を残すわけではなく、明日やりたいことを目標として立てる・・・そんな姿は、はたから見ている人をも元気づけてくれました。
いちにちを精一杯生きる
東京都44歳男性
私の母が、2年半前癌で入院し手術をした。末期の卵巣癌で最悪余命半年との宣告を受けた。母は病院で寝たきりの状態から、懸命にリハビリをして今は杖をついて歩けるまでになった。できる事からはじめる事だ。あせらなくてよい。
よく食べてよく寝る
神奈川県47歳男性
がんになって会社を休職中は、よく食べてしっかり寝ました。今ではすっかり良くなり、復職できました。
今、一瞬でも楽しんで生きる。
京都府43歳女性
過去を後悔しても、その時の自分はもう過ぎ去った自分。どうすることもできない。
未来を想像しても本当の自分はまだいない。
確かなものは今生きている自分。
今一瞬でも楽しみ充実していると思えたら、生きていると思えたらそれだけで幸せ。私は毎日生きていることを楽しんでいます。
何も変えない事
福岡県25歳女性
退院した後も、下手に気を遣わず、今まで通りに接する事。
もう一人の自分が悩みを聞き、納得させてくれた
新潟県62歳女性
昨年4月25日~今年6月27日の1年2ヵ月間、「急性リンパ性白血病」で、突然の入院生活から無事生還することができた。この間、2・3回生死をさまよったが、もう一人の自分が、自分の疑問や悩みを聞いてくれて、その問いに応えてくれた。多くの人からの支援に感謝している今日この頃である。「コツ」をかみしめている。
小さな幸せを見つける
埼玉県45歳女性
自分が癌になって初めて再発、転移の不安がわかりました。でもいたずらに不安がっていてもいいことはありません。同じ人生なら、明るく、心豊かに日々暮らしたいと思います。自分の命に終わりがあることを現実のものとして突きつけられた時、今を幸せに生きたいと強烈に思いました。
焦らず、無理せず、自分らしく
大阪府43歳女性
今の自分の状況を否定せずに、時に愛する家族に寄り添い自分を見失う事無く、ありのままの私で毎日を送ることが一番自分にとってもエネルギーがわいて来るように感じます。
自分を大切にすること
静岡県45歳女性
病気になるまでは、身体を大切にするということがよくわかりませんでしたが、「がん」という病を得て、自分自身がとても大切に思えるようになりました。そして他の人に対しても、優しい気持ちが持てるようになりました。今までありがとう、そしてこれからもよろしくね。私が私自身であり続けるために・・・そういう気持ちで毎日が新鮮に暮らせるようになりました。
自分から行動すること
千葉県42歳女性
受身にならずに何でも良いから始めてみる。例えばブログ。ブログを始めて私はたくさんの友人を得、たくさんの元気と勇気を頂きました。
がんになったことは、私に勇気を与えてくれました。
山形県49歳女性
人生思い通りにいくことは、なかなかありませんが、私の場合がんは、主治医の先生と時間が、ゆっくりと目立った後遺症もなく治してくれました。今では、がんになったことに感謝しています。人に裏切られたとき、だまされたとき、どうしようもなく悲しくなると「がんと立ち向かってきたことを思い出して!」とどこかで励ましてくれる声がきこえてきます。大きな出来事でしたが、命を守っていただいたことをうれしく思っています。
みんながガンにはならないけれど、みんなも寿命あるのは一緒
大阪府60歳女性
おそれて闘うことだけでなく、今の生を楽しみたいと思います。病のことは忘れず、でも捉われずに生きて行きたい・・。
今までどおりまじめに生きる
愛知県46歳女性
娘が小学校六年生のときの同級生M君のお母さんから乳がんの手術をしたと聞いたのは、彼女と小学校の地区委員をやって半年位たったときでした。彼女はいつも委員会に帽子をかぶって来ていました。私は何でも聞きたがる人が嫌なので、彼女にも帽子の意味を聞くこともありませんでした。彼女は乳がんのこと、薬の副作用で具合が悪くなることなど、人に言って委員会を休むこともありませんでした。学校の役員など嫌だからと、ウソでも言ってのがれる人もいる中で彼女はがんを理由にすることもなく、きちんと役を果たし、その後も、別の委員も引き受けられていました。そして娘の中学校の卒業式の日、言葉をかわしたのを最後にお会いしていませんが、きっとM君のお母さんは、元気にしていらっしゃると信じています。そしてがんを理由に生活のし方を変えることもなく、まじめに生きておられる彼女の姿に自分も病気を理由にいい加減な生き方をしないようにしようと教えられました。
1日1日を大切に生きる事
千葉県44歳女性
私は毎日を力まずにその日できる事はその日のうちにするように努力している。週の5日ぐらいはフィットネスに通い、体力維持、精神の安定を心がけている。いままで自分自身をあんまり大事にしてこれなかったのでこれからはもっと、自分を大切に生きていきたいと思う。
感謝の気持ちで毎日生活すること。
石川県56歳男性
誰しも死ぬことは恐い、しかし日々、生かされていることに感謝して生活することにより人は絶望から解き放たれ心に安らぎが生まれることでしょう。
スローペースで1歩づつ歩む
広島県73歳男性
昨年、人間ドックで胃がんを指摘され、1月上旬胃の手術を受けました。現在、退院して静養中です。
一生懸命頑張って生きること。
東京都55歳女性
音楽を聴きながら楽しくすること。するとガンの転移のことなど忘れてしまいます。観葉植物も一年を通して育てながら楽しむこと。そして、一年の四季の美しさをよく見つめることです。するとガンの悲しさなど、忘れてしまいます。すると、治る力が生まれてくるのです。
今、できることをすること。
群馬県42歳女性
30代でガンセンターに入院すること3回、5年間入退院、手術のくり返しの時に思いました。つらい時は病室の窓から見える景色をながめるだけ、ただ時計を見つめるだけ、それでも記憶の中に残ります。今を生きていると実感できれば沈む夕日にも感謝の思いをもってながめることができます。今日も、今できることをしながら生きていることに感謝しています。
ストレスを少なく、くよくよしない。
栃木県61歳男性
今から15年前、胃ガンになり手術をしました。どうしてこんな病気になってしまったのだろうと考えました。よく病気の根源はストレスが影響していると聞きます。そんなことからやはり職業がらストレスが多く、神経質な性格が災いしたのかと思いました。昨年定年になった今、毎日の生活の中でストレスを極力ためないようにしています。そしてくよくよしないで、世の中なるようにしかならない、そんな考えで毎日行動しています。
ポジティブに生きる。
山口県42歳女性
ありきたりで申し訳ないのですが「前向きに生きる」ですね。27才の時子宮ガンがみつかり、お腹には5ヶ月目の赤ちゃんが・・・。子供が命を助けてくれた。レーザーで悪い所を取り、5年間の検査の間に4人の子供を産みました。
気にしない
大阪府62歳女性
私の弟は大腸ガンが肝臓にも転移して、大きな手術を2回も経験しています・・・でもとても明るく自然に生活しています。生かされている体を、命を、人生を、大切にしていて「エッ、ガン?」と疑ってしまう位です。今は、58歳ですが、父が90歳ですので長生きをすると思っています。ガンと向き合って健康を意識しているようです。
一日一日だけを見てなるべくガンを忘れて生きる
神奈川県62歳女性
死はだれしも100%約束されています。後半の人生、前を見るよう、今を大切にした方が良いと思います。そしてどなたかが言った「世界が明日終わりでもりんごの木を植える」と言う気持ちも大切だと思います。
嬉しいこと、楽しいこと、気持ちの良いことをする。
神奈川県62歳女性
今まで上を見て頑張りすぎたり、自分に厳しく生きてきた。自分を我慢させて人の事を心配したりしてきた。これからは自分を大切にして、今の自分でいいんだよと言いきかせて、日向ぼっこをするようにやさしく、自然体で、ゆっくり生きていきたいと思っています。
がんと思わないこと。慢性病と思って長い目で考えること。
愛知県60歳女性
現在、夫が治療中ですが夫婦二人だと朝から晩までそのことばかりをビクビク考えて、余病が出そう!いつも夫婦単位ではなく、ご近所の人、友人、親せきとも出来るだけふつうに付き合い、目標を見つけて今を楽しみ、あまり深く考えないようにしています。そのうち、新しい治療法もでるだろうしと思って。
「ありがとう」と言ってみる
大阪府53歳女性
人の生命に限り、いや自分の生命に限りがある事をこの病気になって心底気づかされました。限りあるからこそ一日一日を生(精)一杯楽しもうと思える様になりました。特に何かを取りあげて特別な事をしている訳でもありませんが、今できている事、できる自分、そうさせてくれている家族、そして、自分が生かされているという事に感謝して過ごしていこうと思っています。全てはあたりまえじゃーないのですね。
五年先、そしてまた五年先の夢・目標を心に焼きつける
福島県45歳女性
最初に「甲状腺ガン」が発見されたのは、十年前、まだ二人の娘は小学生、私は三十五歳でした。すぐ手術と言われ、あわてふためき実家の母に電話すると、「遠方だけど、専門の名医がいらっしゃるからそこでもう一度、看てもらおうね」と言うのです。精神的にまいっている私を母は新幹線に乗せ二泊して検査に付き添ってくれたのです。「手術のリスクもあるししばらく様子をみましょう。」とのお医者様の言葉を信じ、年に二回程通っています。いつ体の中で爆発、変化するかもしれない不安も、十年経った今は感謝の心に変わりつつあります。成人を迎えた娘達も元気で生きていてくれればいい、体の十分でない私が社会で家族で生きていけるのも人様のおかげ、一日一日大事にして、5年、そして10年と希望を持って生きたい。
「病気だからアレはいけない、コレはいけない」と言わないこと。「頑張れ」とは言わない。
兵庫県36歳女性
兵庫県明石市在住のものです。平成15年12月7日に大好きだった父を無くしました。59歳でした。平成9年1月から平成15年のなくなる日まで、直腸癌との約5年11ヶ月もの闘いが続きました。当初は平成9年内の命と言われましたが(手術しましたがおなかじゅうに癌がぐるっと広がっていて摘出できず、人口肛門だけつくり、閉じました。)医師から「残念ですが」と言われました。あと、肝臓、胸や足のリンパ腺、膀胱にも転移していきましたが、それでも父は持ち前のパワフルさと底抜けの明るさで私たち家族や親戚や看護に当たって下さったナースの方々、医師の方々に深く深く印象を残しました。ものすごく癌の痛みが激しいのに心配をかけまいと笑顔でいた父を思い出すと、涙が出てきます。一緒に過ごした月日は私の宝物です。
クヨクヨせず前向きに考える。
三重県55歳女性
私達の生活は毎日忙しい忙しいと言って自然と心を置き去りにしております。貧しくとも人とのふれ合いを大切にして、生きていること、今一度確認したいものです。お互いに助け合いながら、心をいたわりながら一歩一歩生きて行きたいです。生命はたった1個なのです。お金には代えられない。車のように修理すればいいというものではないのです。何事にも自分をせめてもダメ、失敗をおそれず前進あるのみ。「日々感謝の気持ちを送りたい」を、日々の生活訓としております。
その瞬間瞬間 今を生きるだけ
秋田県56歳女性
20年前に夫をがんで亡くしました。治るということすべてやったつもりですが、一番の発見は、過去に生きるでもなし未来に生きるでもなしこの瞬間を生きることが幸福ということでした。その生き方を私は今も実行しています。過去を責めたり悩んだり、未来を悲観しても意味が無い。今生きてることに感謝し身近な人と仲良くし、その時その時を大事に生きる(これがなかなかおもしろいし、いそがしい)。これはお金もかからないし誰にでも出来る。
毎日が人生、今日は今日だけ。そんな時間を大切に前向きに過ごしたいものです。
東京都61歳女性
がんの二文字が今までの一生を消してしまう程、どんな強い心を持った人でも苦しみ落胆します。私自身42歳のとき突然の宣告を受けました。男性の厄年で病気になったのも、シングルマザーで二人の子供と母とで頑張ってきたので、我が家では唯一の働き手だったからでしょう。ここで気を落としてしまったら我が家は大変になると思うと母と子供の為にも負けていられませんでした。入院中は同じ病室の方々は同じ病気で心強いところもあったのですが、いざ退院してみると一人でいるときは辛かったですね。再発の危機を脱したと感じたのは手術から5年経った時、ある目標をもって前向きに生きることに出会ったからです。それは福祉犬の仕事でした。今現在私が所属している協会はがん探知犬を育成しているところです。将来犬の嗅覚から得たデータを機械化し早期発見が出来る事で役に立つ事が出来れば、と望んでおります。
毎日楽しく、笑って過ごす
東京都46歳女性
その日、図書館でかりたCDに感激したり、ちょっといい映画にであったり、温泉(近くの銭湯でもよい)に行って、まったく知らない人の生き方を聞いてみたり、窓から見える雲の形に力をもらったり、春は桜、夏はしょうぶ、秋はもみじ、冬はイルミネーションを堪能したり、何百年も前の仏像を見に行ったり、おいしい物を食べて、私は生きています。毎日出会うことが、とてもありがたく思えてなりません。
がんにふりまわされないこと
東京都56歳女性
私は五年前に乳がんになりました。手術・放射線・抗がん剤と一通りの治療をパートを続けながら受けました。抗がん剤では苦しむ方が多いけれど、幸い私は胃が丈夫なせいか全くありませんでした。髪が抜けて悲しい思いをする方もいますが、わたしはいつかはまた戻るのだからと考えてウィッグで変身です。パートが人を相手の仕事ですから身だしなみにも配慮しなければなりません。今ではロングヘアーになり、逆におしゃれ用に使って時々変身を楽しんでいます。病のことばかり頭におかないで、日常の生活を大切にして、好きな目標を持つこと。すると自然にがんのことが頭から離れて興味のある方に集中して、その時は病気のことを忘れています。いつのまにか年月が過ぎて行く事に間違いはなしです。それと、人と対話してよく笑うことです。笑いは免疫力を増やして、がんなんて飛んでいってしまいます。それと、ケ・セラ・セラの気持ちで生きていくと楽です。治療のほうは、医者を信頼してお任せして、悩みは相談できる人や、そのような会に入って同じ立場の人と話すと自分だけ苦しんでいるのではないと言う実感が持てます。心の中にためておかないで吐き出してしまって、納得してしまうことです。私はおまけに心臓病の治療もしていますから、がんのことだけ考えていられない状態です。乳がんの患者は年々増えています。花粉症も加わって私は流行の病気にデビューしてしまいました。人生は一度だけです。その生命ある限り前向きに行かないともったいないです!!
大好きな事に一生懸命に取り組む事
三重県45歳女性
私は何でもキレイにすることが大好きです。掃除、洗濯、お洒落など大好きな事をする事により気持ちが紛れ心に余裕が出来、いつもニコニコ笑顔が絶えません。それに一生懸命に取り組む事によりマイナス要素的な考えを考えている時間もなくなり、いつもプラス思考で前向きになり、自信を持って生活できて、充実した日々を送っております。(お陰様で)体のほうも回復が早く顔色もよく病気をしたとは思えないと人に言われます。
先々に目標(予定)を持つ
神奈川県48歳男性
常に先々に目標を持っていれば、そのことに向う気持ちを維持させることができると思います。前向きな考え、行動は向上心が高まると考えます。
自分の病気について勉強すること
千葉県46歳女性
病気に対して自分なりに知識を得ることです。「医者の話が難しくて理解できない」「いろいろと質問したくても時間が限られていて聞けない」など不安のまま治療している人が多いと思います。私の場合ですが、事前に自分で勉強したことにより、医師の話も理解することができたし、治療法や薬のことなど自分で選択することが出来ました。医師の選択が自分の選択と同じであれば、納得して安心して治療が受けられます。がん治療は長い治療が必要です。この長い治療と闘うために必要な精神面の支えになっています。自分の体の事ですから、他人(医師)任せにはしたくないのです。
治療にはベストを尽くしてあとは気軽に生きよう
東京都82歳男性
医師、病院、治療法、ケアー法の選定には、ベストを尽くして自分の納得できる選択をし、そのあとはクヨクヨせずに気軽に充実した人生を楽しむ。これががん患者の長生きの秘訣であると思います。
夢を持ってなんでもかんでも興味を持つ
熊本県58歳男性
私のその時その時のT.P.O(時・場所・場合)によって興味を持つことで、脳がそのことに反応刺激されることで五官(目・耳・鼻・舌・皮膚)、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)が活性化される。よって一日一日が充実する。満足感が得られる。
くよくよ、考えないこと
愛知県65歳女性
一度しかない人生で、たまたま病気になったことで少しだけマイナス思考に物事を考えない生き方をした方がいいと思います。出来るだけ楽しいことを自分なりに見つけるのが望ましいです。くよくよしても、一日ですし、楽しいことをしたほうがいいですよ!
いらいらせずゆったりのんびりした気持ちを常に持つこと
大阪府74歳男性
わたしはガンに二回かかっています。胃ガンで胃の三分の二を切り、大腸がんでS時結腸二十センチ切除しております。しかし幸いに元気で七十四歳になっております。足腰の衰えを防ぎ健康維持のために毎日一万歩以上の散歩を実行しております。テレビ体操を済ませてから、近くの右岸左岸の遊歩道を一時間半歩いております。両手を振って大幅な歩幅で早足にと、努力をしながら。犬の散歩の人、私同様に励んでいる人、ジョギングの人、いろんな人と出会います。「お早うございます」なるべくほがらかに笑みを浮かべて挨拶をしますと、先方さんもにっこりとして答えてくれます。毎日前向きですべてのものに感謝の気持ちを持って生きてゆこうと決めております。
漠然とした不安に脅えないで一日一日を大切に積み重ねていく
山梨県52歳女性
療養中の身にとっては、全身神経が自分の体に向けられています。朝起きて体温や血圧を測定し、いつもと同じ数値にほっとして一日が始まります。食事は栄養を考えて味わいながらとり、ゆっくり湯につかります。いつもセルフケアできることは何かを考えて行動するようにしています。予測できない不安や恐怖に脅えていたら前に進めません。大切に一日一日を積み重ねていこうと思っています。そして何よりストレスを溜めないように前向きに考え、気分転換に心掛けています。
43才めざしてがんばります!
東京都46歳女性
12月・・・42才の誕生日を迎えた妹は、「42才になれたぁ、よかった・・・嬉しい!!」と生きている喜びをかみしめ、涙を流した。「何が欲しい?何がしたい?」と問う私に、妹は「43才めざしてがんばります!!」ほほえみながら力強く宣言した。望みは、旅行でも洋服でも宝石でもない。生きることを、年令を重ねることを素直に喜び、心から嬉しいと思うこと・・・。誕生日をこんなに喜べるなんて・・・・!!「次の誕生日を迎える」という強い意思ががんと生きるコツだと思う。「43才めざしてみんなでがんばろうね!!」
自分がガンである事を伝えることで自分が強く元気になれる。
千葉県46歳女性
私は昨年5月に職場の健診でマンモグラフィーを受けました。予定より早い10日後に届いた結果を「癌だったりしてネ」等と笑いながら娘の前で開封し、その結果、左乳房に腫瘍(悪性)カテゴリー5と記入されていました。全く予期せぬ結果に、娘の前であふれ出る涙と、一種の恐怖感を感じたことを忘れません。私はケアマネージャーという仕事柄、自分の利用者やその家族にも癌と向き合っている人が多数いましたので「私も癌なんです。でも明るい癌患者をめざしています」と話しながら、今は早期に発見すれば癌も治せる時代だからと先々で語っている間に、自分で自分に言い聞かせていることに気づき、それにより自分に勇気がついたことも実感しました。また癌と診断されるまでの検査代・手術費用・放射線治療・薬代とコストもかかりましたが、健康な時にこそ加入した保険の給付金も本当に有難いと感じました。体験を語ることで早期発見、早期対策に結び付けていきます。
楽しく毎日を過ごすこと。
大阪府62歳女性
もともと明るい性格の夫でしたが一人で居る時の背中を思うと、不安を忘れさせていきたいと思う。この為、保険等のうしろだてのあること、一年に三回程海外旅行にいくこと、時には止められているお酒も楽しんでいければと思う。
おしゃれ心を持つ事
佐賀県57歳女性
痩せこけ治療の後が残る顔に口紅をひいただけで素顔の顔が華やいで明るくなり、部屋の片づけもしたい!庭の手入れもしたい!運動もしたい!町にも出たい!家族の為に何かしたい!・・・・・と思えるようになり、物欲がうせていたのが欲しいという気持ちになりました。生きてるという事ですかね。
髪をこよなく愛すること
広島県70歳女性
抗がん剤の注射と同時に髪が束になって抜ける時は、女性にとってこの上ない落ちこんだ時。ガンが治って髪が生えて、また風に髪をなびかせて生活するのを何時も思いえがいていた。さあ夢にむかって走ろう。
ただひたすらに歩く 無我の境地で
福島県53歳女性
自分の事は、運命にまかせるような気持ちで何も考えない。無我の境地でただひたすらに疲れるまで歩く、そして疲れて眠る。その結果、体質改善になり体力もつきました。
笑うこと、わらうこと、ワラウコト!
東京都48歳女性
治療中・治療後の色々な身体的な痛みがつらいのはもちろんの事ですが、それより何より精神的な不安は、心の内側から命そのものを食い散らしてゆくように感じられました。治療への不安、再発の不安等々、数え上げればキリのない不安の海の中で、おぼれそうになる日々。その中でも命の時間は、刻々と時をきざみ続けてゆきます。自分自身の細胞から変化した癌細胞達との妥協点を見付けたくて、ひたすら、笑うための種を探しました。「笑い」は、不安という剣から自分を守るバリアになると信じているからです。心からの笑いは望めなくても、クスクスニヤリ程度でも、何でもいいから、とにかく笑うこと。小さなクスクスニヤリの積み重ねが、体と心のバランスを守ってくれてるような気がします。
昔から「病は気から」と言う。ケ・セラ・セラで生きることなり。
愛媛県87歳女性
八十七歳の私は、二十五年ほど前、かなり重い心筋梗塞を病み、九死に一生を得たが身体障害者となった。また十年ほど前胃癌となり、中央病院のK医師の執刀にて胃の四分の三を切除した。手術後の体と、心臓への負担を考慮して、抗癌剤の類を一切断った。元来能天気な私は、くよくよしないことをモットーに、ケ・セラ・セラで生きている。病気、特に癌は、転移のことなどあれこれ気に病む人ほど、先づ気分的に滅入り、体が弱り抵抗力がなくなることを、共に病みつつ、次に亡くなる人達から実感している。人間一度は必ず死ぬのである。運を天に任して、死ぬまで気楽に生きようではないか。現在も私は現役の主婦であり、軽四に老夫を乗せて病院に送迎しているのである。
とにかく笑う事です
神奈川県46歳女性
平成15年1月私は卵巣癌の手術を受けました。以来抗がん剤治療の回数は30回を越えます。長い入退院の繰り返しのうちには病気の治療以外にも辛い事がこれでもかこれでもかと押し寄せてきました。本当に辛くて辛くて何度も何度も声を上げて泣きました。中でも初めての抗がん剤で髪がごっそり抜けた時は、涙が止まらず困りました。それでも今何とか生きていられるのは今年小学校に入学する娘がとにかく明るく私を支えてくれるからです。私の顔を覗き込んで笑わせてくれるのです。泣くのは我慢しなくて良い。でも笑いを忘れてはいけない。桜の花を見る度にこれが最後と思ってしまう私でもここまでこれたのは少しずつ笑って生きて来たからです。頑張り過ぎなくて良いのです。健康な人と比べなくて良いのです。自分に出来る事をして日々大切に過ごしていこうと思うのです。
治ると信じストレスを溜めないこと
福島県46歳男性
がんという病気は治療方法が進んだとは言え、未だに不治の病であることには変わりはありません。私が三年前にがんになった経験から言えることは、周りがどの様なことを言っても気にせず、わからない点はどんな些細なことでも医師に聞き、病気に対する不安を取り除いてしまい、ストレスを溜めないで回復すると信じて治療に専念することです。そして治療が終わってもがんになったことを、隠すことなく明らかにし、ストレスを日常生活で溜めないことが、がんと生きるコツだと思います。
変身しよう
静岡県62歳女性
今までの自分から変身してみようと心に決めました。抗ガン剤のため、髪もなくなります。髪型も変えよう。カラーリングもやめ白髪でもいいじゃないか。家事も程々に人の目なんか気にしない。病状も家族にはもちろん、友人、知人に伝える。検査をしてスッキリ気分になるよう努める。健康の時にはなかった、自分になる事でした。
いまを大切に
山梨県72歳女性
いまを大切に何事にも気持ちをこめて行う。しかし、あまり神経質になりすぎてもいけないし、少し心にゆとりを持ち、生活を充分に楽しみ、笑い、ユーモアを身につける。いちばん大事な人、主人をがんで失い、同時期に私もがんにて2回の手術を受け、10年が過ぎようとしています。
笑って過ごしても一生・泣いて過ごしても一生
長野県44歳女性
五年間待った我が子を抱き幸せな日々。息子の一歳の誕生日を共に祝うべき私は病院のベッドに居ました。シャワーキャップの下は鏡を直視できない姿。「生きる」べき治療は副作用との闘い。生き地獄でした。自分の治癒力を信じてはみるものの、息子の成長を見守ることは出来るのだろうか・・・「見たい!」「育てたい!」「生きたい!」病院での六か月の闘いは過酷でした。退院後の自分は地獄の続きを引きずるかのように、体は鉛のように重く、心は不安で。もがいてもがいて生きる日々。まだ目の前がベールで隠され暗かった自分に、その人は言ってくださいました。「笑って過ごしても一生・泣いて過ごしても一生」ならば笑って過ごそう!主人と息子と共に!!・・・今は喜怒哀楽の「怒」を極力抜いた日々を心掛け、主人を支える妻であり、息子の勉学の応援歌を唄う母親をしています。 
病気と体調とを良く知って努力し、生きがいを持つこと。
長野県63歳女性
夫は肝臓ガンで58才のときにガン摘出手術を受けました。5年生存率25%と宣告されて、昨年まで13年生きました。何事も自分で調べて納得すれば努力を怠らない人でした。ゴルフが好き・1日1時間歩く・体の検査と治療は手を抜かない等をし、酒・タバコは止めていました。「やれば出来る」ことを教えてくれました。
豊かなQOL 環境作りがいちばん
島根県54歳男性
父は自宅で、母は病院で、いずれもガンで最期を看取りました。母は一時外泊の際「いつも家がいいのぉ(方言)」と言いました。胸をしめつけられる思いでした。吐血・下血の連続でとても自宅での看病は無理と思われ病院におまかせしたのですが・・・8年経った今でも他に方法は無かっただろうかと悔いています。余命数ヶ月と宣告された時、自宅を終の住家と考えもしましたが介護の負担を妻ひとりにまかせるのは心苦しいものがありました。介護制度の導入前後でしたが、かかりつけ医と、介護補助は必ず必要なもので、その連携もとても大事と思います。本人の意志にそう闘病。気力は充分にあっただけに悔やまれます。娘が今年、介護福祉士として飛びたちます。多くの人達の橋わたしに育てばと期待しています。
生涯現役、今気持ちよく出来ることを追い求め、明るく取り組んでいく。
茨城県70歳女性
6年前、人間ドックで乳癌判明、即摘出手術を受けた。いとも軽い気持ちで主治医の告知を受け、術後の検診もあまり苦にならずにすんだ。それは、癌におかされ、再三の転移にもがき苦しみながらも、ついに社会復帰を果たした先輩(夫)がついていたからだ。あんなに厳しい病状にあっても、愚痴一つ云わず常に明るく歩き続けていた夫の姿に私は感化され、免疫力を得た。先輩の後をついて行こう。夫婦で「がん」という同じ荷を背負い、今気持ちよく出来る事を楽しみながら柔軟に歩き続けよう。生涯現役をめざして・・・それが夫婦の目標だった。しかし、4年前先輩(夫)は逝った。これからどうしよう?不安はあったが夫が残してくれた数々の想い出が、今の私を力強く支え、時には叱責となり、弱音を吐く私の背をやさしく押し続けている。ありがとう先輩(夫)。私も先輩の様に明るく物事を見つめ、生涯現役を貫くよ。
ガンになって自分自身の新たな目標を持つこと
三重県65歳男性
ガンになって初めて生への執着が強くでるのは当たり前ですが、それを達成するためには、自分自身に強く、新たな生きがい、即ち、目標を持ち、何時までに達成しなければならないと考え、ガンであることを忘れ目標達成に向けて頑張ることです。
普段どおり過ごすこと
千葉県39歳男性
病気を患った人は、気持ちが落ち込むものです。がんと言えば、長い闘病生活と死への不安がとても患者の気をめいらせることでしょう。周囲の人達は、それに気を利かせて特別の対応をしていることも多いと思いますが、それでは却って相手に「あなたはがん患者なんだから」と告げて、特別扱いをしているように感じると思いますよ。「毎日を楽しく過ごすため」には、普段どおり笑って、怒って、喜ぶことも、悲しむことも必要でしょう。だから、がんと闘う妻とは、これからも、今までと同じように、普段どおりの過ごし方をしていきたいと思っています。
あらゆる事に好奇心、探究心そして恋ごころ
長野県49歳女性
私は、平成8年2月、38歳の時に、乳がんの乳房摘出手術を受けました。小学校6年生と5年生の娘、3年生の息子、そして2歳の息子と4人の子どもを授かって、家族みんなで幸せの真っ只中の出来事でした。平成13年、今度は肝臓に乳がんが再発転移し、肝臓の3分の1の摘出手術を受けました。そして、平成16年、今度は乳がんが肺などに転移していることがわかりました。今までと違い、今回は、薬による治療ということになりました。薬の副作用により、髪の毛などがすべて抜け落ちてしまいました。そんな中、うえの2人の娘が結婚し、平成17年9月、平成18年8月にそれぞれ娘に子どもが誕生し、その愛らしい孫に出会うことができ、生きていることのすばらしさに改めて気づきました。今年、私は50歳、あらゆる事に好奇心、探究心を持ち、そして恋ごころを大切に、今という時を、私はとても幸せに暮らしています。死に対する恐怖心より、生きることの楽しみの方が強いことを知っていますか。
今を生きる。この瞬間を大切に生きる。
岩手県57歳女性
与えられた運命のなかで、その時がくるまで、日常生活のままですごす事が出来れば良いと思っています。その時がきたら、痛みだけを取りのぞいていただこうと思っています。生きていく上での決意です。
何事も思い煩う事なかれ
コツは聖書に満載!学びましょう。
静岡県70歳男性
私は短期間に父母・兄・妻を癌で黄泉に送りました。また、私は六十路の初め癌の手術、六十路半ばで再発手術、今年古希の男寡です。世界一のベストセラー聖書の真理に魅せられて聖書通読、死後の楽園や復活を知り、不安も悲壮感も無く、今世の人生を謳歌して居ります。常に思いの恋や素敵な浪漫の花を心に咲かせて十年、至福の人生を謳歌して居ります。思い煩わず明るい笑顔の花を咲かせている毎日・・・・・・癌の方から逃げ出して今元気、元気です。
命の長さ、ではなく、与えられた運命の時期すべてに、愛を刻む事
岩手県57歳女性
日々の生活の中では、命より尊いものはないと思います。人間、鳥、草花、動物など、すべての事にいつくしみと感謝の気持ちをもってその日を迎えたいと思っています。心の準備です。
好きな物を好きな時に食べ
好きな仕事を好きなだけやるべし
神奈川県31歳女性
私の祖父はガンを患い自宅療養中です。食欲がなくごはんは少なめですがおやつは別腹。よく、ごはん前や眠る前に甘い物をつまんでいます。そして歩くのがやっとなのに、気がつくと庭の草むしりをしていることも。つい心配して「だめだよ」と言いたくなるのですが、本人がやりたい様に生活しているのが一番幸せなのかなぁ・・・と思う今日このごろ。長生きしてくださいね、おじいちゃん。
気持ちを前向きにもっていくこと。
愛媛県47歳女性
ついふさぎこんで、クヨクヨ考えてしまう前に、前向きに考えるようにしています。自分を自分で勇気づけています。ファイトー!あと言葉にはだせてないけれど、家族には感謝しています。生かされている事にも感謝です。
今を生きる事
福島県43歳女性
小さな喜び、幸せ、家族のありがたさが、ガンになった事で、全部が大きなものとなりました。先の事はたとえ健常者の人でもわからない。とにかく今を一生懸命生きる事。息子の為にそして自分の為に生きたい、がんばりたい。
ストレスになる事は避けて好きな事を楽しむ。
大分県48歳女性
4年前に子宮体癌の手術を受けました。癌が卵巣にまで転移して危険な状態でしたが手術は成功し、その後抗癌剤治療を4クールし地獄の様でした。もう二度と苦しみたくないですね。いつも再発が怖いですが、毎日明るくしています。ストレスになる事は避けて好きな事を楽しんでしてます。あとはバランスの良い食事を心掛けています。(昔ながらの日本食、野菜中心)
がんばっている自分をほめてあげること。
静岡県46歳女性
ガンと宣告されたあの日・・死を意識した日。でも、今、生きている。いろいろな治療をのりこえ生きている。生きるってこんなに尊いものだとわかった。ここまでがんばってきた自分をたくさんほめてあげたい。そして、今日もまたしっかり生きていこう。そして今日の私をほめてあげよう。
友人知人にありのままを伝え、自分は『がん』から逃避しない
島根県73歳男性
職場や友人知人に自分は「がん」であることを口外し、周知したことで自身が「がん」であることを認識するとともに「がん」から逃避せず、まっすぐ受けとめることができた。手術までは「がん」と仲良く共生すること。「がん」は他人から移ったものでも、移されたものでもなく、自身の体内から自然発生したものだから前向きに愛してやること。そして、手術でお別れすることになる。「がん」であることを他人に口外し、自分も承知したことで、不安で恐怖な手術も医学が進んだ今日、全面的に医療チームを信頼し任せるしかない。そして、ベットで過ごす時間をどう分配するか。私はこれまでずいぶん溜まっていた写真の整理をし、読もうと思って買っていた本を片っ端から読破し、退屈など一切なかった。部屋にテレビがあったが、夜7時のニュースだけは視聴した。私はこうして5年前、前立腺癌除去と左腎臓癌を除去した。
まず目標5年と心に決めて普通の生活を
京都府60歳女性
年月がすぎるのは早いもので今年5月27日で「乳ガン」手術から5年になります。いつも「アフラック」のコマーシャルを見ると自分を重ね、感激します。去年12月に主人が「大腸ガン」の手術をしました。アフラック保険でいろいろ助かりました。また、5年を目標に暮らして行きます。「ガン」前と違う生活を心がけ、仕事も減らし、好きな旅行に映画に、そして病気とは思わないように心がけています。ストレスをためないようにすることも大切です。
合間に深呼吸をしたり空を眺めたりする。
滋賀県40歳女性
夫と三人の子供達との日常は時間に追われがち。何でも家族のペース中心に、一日があっという間です。その上、私は何事もつい張り切ってしまう方なので意識してひと呼吸置き、肩の力を抜く様、心掛けています。がむしゃらに走るのは簡単ですが、心身共にほぐす=緩める事の大切さに、癌になって改めて気づいた気がします。せっかく命拾いをしたわけですからこれからは少しゆったりとしたテンポで行きたい(=生きたい)と思います。間をふと意識する事でイライラ感が冷めたり、笑う余裕が出来たり、疲れ方も違って来る様に思えます。何気ない事ですが、忘れない様、実践したいと思っています。
自分らしく日常を!!
静岡県55歳女性
それは、私のお気に入りに囲まれて過ごせるよう、日々、主人や子供やヘーゲル(犬)への思いやりだったり、自分へのごほうびだったり!!がんに勝とうと頑張り過ぎるより、共にあって歩んでもいいじゃない!日常が愛する者と過ごせればそっちに努力をしましょう。先生に自分の生き方を解ってもらっていると最高ですよね!!何も入院ばかりが治療じゃないでしょ、先生の知識と私の生きる思いがチームワークとなって形を成せば勝利です。確かに一時の治療や痛い思いは逃げられないですけど・・・頑張ろう!!不幸にも一瞬にして肉体を失う方もたくさんいらっしゃるのですから。長ーいこの時間は喜ぶ事で悲しんでいる暇はありません。ネ!ゆっくり自分の時間を自分らしく、それが幸せ。因みに、今、私のがんは、出張中かなぁ?がんを甘える言い訳にしたくないですよネ!一人で行ける時は全て・・自己責任で・・自分でやらなくちゃ・・と思う気持ちが頑張る糧だったりプライドを持てたり。患者も自立する事が大切。 
ボチボチと生きること
岐阜県43歳女性
がんになぜなったのかを考えない日は、ないです。遺伝でなければ、思い当たるふしがあります。二十代後半より生活に追われて、体の事などお構いなしに突っ走ってきた性格です。それは、行動に移り、無理から無理を続けた状態でした。危険サインを疲れだと錯覚していました。医師の「一度、検査をして下さい。」の言葉も無視する位に。もう、どうしようもなくなった時に、診てもらったら「すぐ、手術をしましょう。」でした。手術後は、だましだましの日でした。体力がすぐには戻らないのに気が焦りました。経過診察を続けるうちに、手術の跡が、いえて、年月も過ぎ、私は、この病気と一生付き合う気持ちになっていきました。そして、ボチボチと生きることを知りました。なぜなら、再発を告知されたからです。再発と転移は、恐れていました。なってしまったからこそ。
自分の心をしっかり持って前向きに明るく生きる
京都府73歳女性
ガンー手術ー抗ガン剤そして死。主人が肺ガンで闘病の末亡くなりましたので、ずっとそんな思いがありました。私は毎日をすこぶる元気に楽しく過ごしていました。そんな時医師から肺ガンで余命六ヶ月~一年と言われました。この元気な私が入院してベッド生活、それは考えられませんでした。残された余命を私らしく生きたいと思い医師の治療をことわりました。そんな時食事療法等でガンを治された方が多く居られることを知り、今実行しています。肺ガンと言われてから六ヶ月が過ぎましたが前と少しも変らず元気に楽しく過ごしています。
悲観的にならない。 他
神奈川県65歳女性
1、悲観的にならない
2、医師を信頼する
3、一日一日を大切に生きる
4、ガンだという事を意識しない様にする(大腸ガン、6年経過)
生きていることがありがたいと思うこと。
福岡県36歳女性
生きていることが当たり前だと思っている人がほとんどだと思います。それが ガン=死という思いをする事で、生きる事がどんなに大切なのかと思い知らされた私。自分がここにいるだけで幸せだと言う気持ち、痛い思いや辛い思いをしても生きたいと思う気持ちが大切なんだと思いました。生きているからこそ、色々な体験や、思いが出来ると思える感謝の気持ち。当たり前だと思っていた事が、当たり前ではない事も知りました。病気にはなりたくないけれど、食事や休養など色々な事にも気を使うようになり、食卓にも惣菜があがらなくなりました。生き方や考え方も変わった自分が居る事、病気と上手に付き合いながら、やりたかった事をし、毎日、リラックスした日々を送りたいと思っています。今まで考えもしなかった心の余裕が出来てきたからではないでしょうか?生きていることに感謝、感謝です。
すべてに主治医を信頼し、定期検診を含め、徹底して養生に努める
神奈川県69歳男性
書籍等を含め他人の言葉にまどわされることなく、手術した場合はその後の体調の弱点は消滅することはないので、経験を踏まえ、自分なりの納得する考えを持って将来に実現させたい具体的な目標をつくり、実現のため毎日を大切に送るよう努める。これがまさに充実した人生を送ることになると考えます。
家庭、社会が私を必要としている間は、あきらめる事はできない。
大阪府57歳男性
手術後2年「点滴治療に、元気で通院されている貴方を見て我々も勇気を頂き、仕事にも張り合いが出ます」と看護師さんに励まされた事。つらい、苦しい時「自分の命は、多くの人々によって支えられている。今、自分も周りの人々に対して、何か、小さな事でも出来る事はないのか」を日々考えて過ごし、それを実践する、といった前向きな生き方を続けたい。
絶対大丈夫と自信を持つこと。
愛知県48歳女性
今までは、少しでも肩痛や腰痛があると「骨転移?」めまいがあると「脳転移?」と心配ばかりしていました。しかし、いつまでも再発転移の不安を持ちつつ毎日を生活するのは良くないと考え、何が何でも絶対に大丈夫!必ず生き抜く!と心に決めました。一度決断したら気持ちがすっと楽になりました。がんのことを忘れる時間が増え、自分の好きな事や興味のある事をどんどんするようになり、充実した毎日が送れるようになりました。
なるようになる
今日も感謝の気持ちで
一日を過ごす。
山口県64歳女性
考えてもどうともならない事をくよくよしないで、毎日楽しくありがとうという気持ちを持つ事。主人が大腸がんと先生より言われた時、少しでも一緒にいたいと毎日そばにつきっきり。気持ちまで病気になっては負けてしまうと思い、家族が笑顔で病院に通ううちに、主人もみるみるうちに元気になりました。今は好きな庭いじりもできる楽しい毎日です。
気持ちに寄り添い、感謝を忘れずに。
そして、それを言葉にして伝える事。
埼玉県44歳女性
79才でがんが見つかった父は、様々な治療の途中に80才の誕生日を迎えました。家で過ごす時間を少しでも快適なものに、と思う時、家族に出来る事は、父の気持ちに寄り添う事でした。ベットでの生活がしやすいよう、家具を移動し、テレビを見られるようにしたり、使いやすく工夫したサイドテーブルを作ったり。家庭内ナースコールも作りました。どんなに小さな望みであろうと、できる限り早くかなえるため、必死でがんばりました。そして、今ここに父が居てくれる事を感謝し、父が家族を思ってくれる事に感謝をしました。心で思う事はもちろん、ちゃんと言葉にして伝え合う事が、父にとっても家族にとってもかけがえのない大切な事だと思います。感謝の言葉には、優しさ、暖かさ、愛情の全てが詰って心に響いていきます。これが生きてる力になると思うのです。
明日は明日の風が吹くをモットーに
病気のことはもう過去として振り返らない。
神奈川県47歳男性
自分は今もガンと闘って、抗がん剤治療も一年半になります。いつも幸福の女神がそばにいると信じてエネルギーやパワーをもらってガンと闘う。そして二度とない人生だから一輪の花にも愛をそそいだり、一番身近な者たちにできる事をして、こころ豊かにして我が心をあらい清めていこう。
素直に泣く。素直に笑う。
愛媛県39歳女性
病気とつきあっていく間には、辛い事や悲しい事が多くあります。そして、うれしい事もたまにあると思います。その時、その時に、感情を抑えることなく、素直に泣いたり、素直に笑ったりする。そうすることで、その事柄が、少しずつ自然に自分の中で消化でき、一歩前へ進めるのだと思います。
振り返らない。先も見すぎない。
愛媛県39歳女性
戻ってこない日のことを考えて落ち込まないこと。先の事ばかり考えて不安にならないことが大切だと思います。毎日毎日を大切に生きる。問題に直面した時に真剣に考える。これが余分なストレスにならなず、よいと思います。
一日八回大声で笑う
神奈川県44歳女性
笑うと免疫力が高まるという話しは良く聞きますが、中でも大声で楽しく笑う事はガンをやっつけてくれる免疫力を本当に強くしてくれるということなので、私は実践しています。ただ反抗期の息子や同居でのストレス等で、イライラする事が多い為、なるべくストレスを減らす様に心がけています。
悲しい顔をしないで前向きに、一日3回は腹の底から笑う
山梨県58歳女性
がん細胞は、笑う事によってすっ飛んでしまう、暗い表情は、細胞を育ててしまうと思うからです。H18年職場での健康診断にて乳がんが見つかりました。身内にがんにかかった人はだれもいないのにと思いました。がん=死という言葉が頭からはなれずとても悲しくも泣けず、不安がいっぱいでした。H18.8.8乳がん全摘術6時間の手術を受けた日から、前向きでしっかり生きていこうと思いました。無事抗がん剤の治療も終了、抜けた髪の毛も生えそろい、施設看護師として働いています。
頑張りすぎずに1日1日を大切に心穏やかに生きること
福島県61歳女性
主人を癌で亡くし、もうすぐ2回目の命日と言う時に今度は自分が癌の宣告を受けました。主人を亡くし寂しさ、辛さを忘れる為と言う事もありましたが、頑張らねば頑張らねばと自分を追い込みすぎストレスがたまった様に思います。もう少し肩の力を抜いて先の事は考えず、1日1日を心穏やかに頑張りすぎずに暮らすこと。自分が癌になって解ったことです。
腹式呼吸で歌を歌いながら、自己流で踊ること
東京都54歳女性
昨年八月、乳ガンの手術で入院した時、大好きな歌手のCDを聴いて、自分を励ましていました。退院後も気が重くなる度、CDを聴いていました。十一月下旬に新曲が出ました。その曲は、手術後に私がやっていたリハビリ体操とテンポが合い、その日から毎日、その曲を聴きながら、リハビリ体操をやるようになりました。そのうち歌詞も覚えてしまったので、手術前の検査で「息が大きく吸えない。」と言われた事を思い出し、腹式呼吸で歌う事を思いつき、歌を歌いながらのリハビリとなりました。ある時、その歌手の昔のCDを聴いてみると、今の私を励ましてくれる言葉があちこちにあり、それからは、一日十曲、約一時間、歌う事にして気分転換していました。だんだん身体が回復してきた年明けからは、歌いながら自己流で踊りたくなりました。歌いながら踊ると、とても楽しく、ガンである事はすっかり忘れてしまいます。
ポジティブに考える
群馬県35歳男性
将来を考える様に、今は、休みを取る様な時間で勉強期間なんだよと考える様にしています。将来を見据えた、前向きな考え、私は治ると思っています。
自分の夢を忘れず、自分を信じて、前向きに進むこと
北海道50歳男性
6年前、職場で倒れ、2度の手術と3ヶ月におよぶ入院。その後、1年におよぶ抗がん剤治療。がん患者が歩む道を私も経験した。人生で初めての苦い体験。この現実をどう受け止めるか。人はそれぞれの考えと経験により生き方の選択の仕方は違うと思う。自分にあった生き方、それはがんを前向きに受け止めることと、自分がまだ成し遂げていない夢を実現するために、生きる(目標)という気力も必要だ。その時、その時で自分が納得し、自分の夢(自転車で世界1周)を忘れず、前向きに考えたことが大事だったように思う。
頑張らない(まっいいか!と思って生きる)
千葉県36歳女性
何事においても100%を目指すのではなく楽な気持ちで毎日を生きること
神様がくれた休息と思うこと。
北海道70歳女性
結婚して45年、お産以外では入院することも寝込むこともなく、妻として母として真剣に精一杯生きてきました。腎臓がん、胃がん、くも膜下出血、大動脈瘤の手術と病気がちな夫を支え、自分の身体の心配をする暇はありませんでしたが、今まで健康に過ごせたことに感謝しています。すい臓がんはなかなか手ごわいのですが、神様がくれた休息と思って深刻に受けとめず、美しい大雪山連峰を眺めながら静かに心穏やかに入院生活を送っています。
今ある自分に感謝して毎日を笑顔で過ごすこと。
愛知県48歳女性
先のことはわかりません。だからこそ今を大事に生きたいと思っています。1度しかない人生だから「ありがとう」の気持ちで毎日を過ごせばいろいろな事が小さな事に思えて前向きになれるのです。
お笑い番組を見る事
香川県48歳女性
とにかく、大声を出して笑う。それには、お笑い番組を利用するのが良い。笑うと、免疫力がアップするので、おもいっきり笑うようにしています。
欲は小さく感謝は毎日大きく
神奈川県69歳男性
ガンにかかった時、自分の人生の長さとこれからの自己表現の可能性に限界があるんだという事が最初に襲って来る気持ちです。これは避けられない現実です。その不利になった与えられた条件の中で、毎日が充実し、楽しく、有り難く、生きている事を体得するには、自分に望む事を小さくし、人様から与えられる喜びに、深く、大きく、感謝する自分に変心する事です。今は病を得る前より充実した、毎日を過ごす事が出来る様になりました。感謝!!
笑顔を忘れないこと
静岡県22歳男性
自分が暗くなっていれば、家庭内も暗くなってしまう。ユーモアのあることばなどを言ったりして笑わせたり、自分も笑ったりして明るい生活をしようと思っています。
今を、一緒懸命に生きる
愛知県68歳男性
がんに罹り、生死を身近に意識するようになりました。死を意識したことで、真の生死が少し見えてきた、気がします。わたしの生命は、沢山の動物や、植物の生命をいただいて、生かされているのだと。この生命は先祖代々から両親、わたしにと続き、さらに子供、孫へと続いていきます、ですから生かされている今が、一番大事ですよと気づかされます。こうして生かされている命なら、わたしの欲だけでは生きてはいけないよと教えられます。大切な家族、友人、知人、参加している様々な会の仲間や地域の人たちとも、一生懸命の一生でなく、みんなと一緒に、今を懸命に生きようと決めました。今を、一緒懸命にです。
日々感謝し、生き生き生きる事
茨城県57歳女性
平成6年、熱い夏に母が天国に召され、次の年に左乳房にしこりを感じ、偶然にその1ヶ月前ぐらいに知人のお友達が乳がんの手術をした事を聞いていたので、すぐに連絡、先生に手術をしてもらいました。昨年の定期検診でお会いできるのを楽しみにしていたら、白血病で亡くなっていました。今私は、介護施設で働き、週休にはボランティアで施設のお年寄りにフラワーアレンジメントを教えています。上二人の息子達は東京でロックバンドをやってます。将来の不安は一杯です。末の高三の息子は調理師を目指し、来年は上京する予定です。ガンが見つかった時は、どうぞ神様まだ子供達は小さいので、せめて10年、生かして下さい。と祈りました。そして、昨年もまたあと10年お願いしますと、また10年経ったらあと1回お願いしようと思ってます。病気の不安は何年経っても消えません。でも私が生き生き生きていれば、家族皆希望を持って生きていってくれると思っています。
落ちこまない
東京都52歳女性
1999年9月、手術を受けました。骨盤中転移していたため、直腸、子宮、卵巣を摘出。診断は直腸ガンで人口肛門設置者となりました。この顛末をかかりつけ医に話したところ、「落ちこまないこと」(免疫力が低下しないよう)と野菜をたっぷり摂ることを教えられました。余命三ヶ月と宣告されましたが、お陰様で今年の9月1日で生存満八年となります。
がん克服後一日一日を楽しく生きる、妻と。
静岡県61歳男性
がんが見つかったのは、カゼを引いたので近くの開業医に診療に行った時。先生に首の左側に腫れが有るけどなんだろうと聞いてみると、紹介状をもって、市民病院に行くようにと言われ、それから検査が続き悪性細胞が見つかり入院。化学療法での治療がきまり、十四日に一度五時間かけて点滴で抗がん剤を入れる治療です。入院は一ヶ月位で退院になりあとは外来で、6ヶ月続き治療は終りました。自分は悪性細胞が有ると先生から言われた時、必ず自分は勝って帰ると自分に言い聞かせました。一番つらかったのは、治療が始まって2ヶ月位から食欲が少しなくなり食べるものみなまずくなった時です。でもなんとか三食はとりました。体重は変わりませんでした。でも副作用での脱毛にはまいりました。でも今は治療も終わり2ヶ月位すぎ頭髪も見た目に変わりなくなり、食欲も有り、これから一日一日を楽しく生きる。それのみです。
大丈夫
石川県44歳女性
病気がわかってから治療中、治療後にいろいろと不安になる時に、先生から「大丈夫ですヨ」といわれて、とても安心します。だから自分でも何かあると心の中で「大丈夫」とつぶやいたり、声にだしてみたりします。そうするとおちつきます、なんだか安心します。
今、この時をゆっくり生きよう。
東京都44歳女性
今年の春、口腔内のがんの手術を受けました。「症例の少ない特殊ながん」であると告げられましたが、クヨクヨせず今までの私らしく前向きに生きようときめたのも束の間、心の病にもなってしまいました。うつ状態から思うように脱け出せず、どう生きていこうかと悩むだけ悩む日々が続きました。(かなり苦しかった・・)でも、日が経つにつれ、今を、今日を、ゆったりとした気持ちで過ごそうと思い直し、身体を休めながら無理をせずに生活しているところです。今の自分をつづってみました。
小さな楽しみ一日ひとつ、ゆっくりと味わう
東京都46歳女性
夫が悪性リンパ種で入院→手術→抗がん剤と初めての体験で、始めは何も手につかずおろおろするばかり。それではダメと、花の種を植えて成長を見、朝仕込んだスープをじっくり味わい、病院への往復も都会の様子を見るチャンスと、人生をゆっくり楽しく歩むうち退院出来ました。
病気のことを忘れるくらい、毎日を一生懸命生きよう
千葉県38歳女性
三十六歳で乳癌になった。リンパ節転移もあり、レベル2のハイリスクといわれた。だから、手術をしてからも、いつ再発するか脅えていた。ある日、ボーと道を歩いていたとき、危うく車にはねられそうになった。あー病気でなくても、死ぬときは死ぬんだ。人の運命なんて、誰も分からない。それから、ふっきれた。いつ再発するかなんて、先のことを心配して過ごす時間があったら、病気のことを忘れるくらい、毎日を充実させよう。いつ、その日がきても、いい人生だったと思えるように・・・
時間割りをつくること
鳥取県57歳女性
平成十八年十二月、横行結腸癌、イレウス(腸へいそく)を併発していて、入院そして手術を受けました。朝、昼、夜と毎日病室に来てくれた夫に励まされ、とにかく身体を動かして、食事に気をつけることだと先生のお言葉、そこで私は考えました。新しい私の時間割りをつくったのです。夜は九時に寝て、朝は五時起床、この生活を一ヶ月続けたのです。そして、みごと仕事に復帰できたのです。今でもこの時間は守っています。これからもずーっと働きたいからです。入院、手術を受けることが出来たのも、保険に加入していたからです。
「がん」の告知に驚かない。気力を持って治療にがんばれば平常心の生活が出来る
千葉県69歳女性
夫は、毎年、市の健康診断を受けていましたが、三年前に精密検査を受け気管支内視鏡の結果肺ガンで、すでに脳に転移していて末期だと言われました。七十才を迎える一月前でした。「もう子供も社会人としてきちんと暮らしているから心配ない。医者が治療に懸命に当たってくれるのだから自分もしっかりと前むきにがんばって行く。がんとは仲良くつきあって、出来ればゆっくり進行してくれれば」と言っていました。
旅行好きでしたのでマイカーの旅、旅行社のツアーととても病人とは思えないような暮らしぶりでした。ボランティアで作業所の手伝い、家庭菜園を楽しみ、いつも妻の私と一緒で楽しく過ごせたと思っています。最後の抗ガン剤も五ヶ月服用しましたがもう治療が出来ないと言われた時に、このまま自宅で静かにすごしたいと希望し、在宅診療の先生、訪問看護師さんに来ていただきながらモルヒネを使うこともなく呼吸が止まり最期をむかえました。告知から二年七ヶ月でした。
六年前に近所のお店でアフラックを知り、生命保険はもう満期でなにも入っていなかったのでかるい気持ちで「ガン保険」に夫婦で入りました。まさかお世話になるとは思っていなかったのですが電話で必要書類をお願いすればすぐに送って下さり保険金請求でも一週間もたたない内に送金していただき本当に入っていてよかったと感謝しました。
もちろん私が食事管理に努めてますが、ストレスを与えない事が大事
埼玉県62歳女性
夫は2年前に胃を切除したものの、その後も酒・タバコ好き放題。一時うるさく言いましたが隠れて飲み、吸うようになったので、もう私もうるさく言わずにいます。それがかえってストレスなくいいみたいです。
ちょっとしたことに、感謝する
神奈川県69歳男性
自分の生活の障害は普通の社会の流れに参加出来ないハンディを生じますが、逆に自分の置かれた位置から回りを見ると、ちょっとした事でも感謝出来る喜びが身の回りに毎日起こるのです。一日一日が充実するのです。
よかったさがしをする
鳥取県53歳女性
毎晩寝る前に今日一日の中でよかった事をふとんの中で10個捜す。たとえば天気がよかったとか。友達と会えてよかったとか。いやな事があっても、よかったさがしをすると元気になれ、今日も一日おつかれさまと自分をねぎらい、安心してねむりにつけ明日につなげられる。