プロポーズ直前に知った事実。
目の前が真っ暗に。

腎臓がんかもしれない。それが分かったのは僕が奥さんにプロポーズする直前のことでした。

交際していた彼女の妊娠が判明したので、よし、いよいよプロポーズをしようと2014年11月に2人で温泉旅行に出かけた先に、健康診断を受けた病院の先生からメッセージが入ったんです。

文面には「診断結果が出ました。次回来られるときにはマネージャーとご両親も呼んでください」と。これはただごとではないと思い、すぐに先生に電話を入れて「いま結果を教えてください」と尋ねると、「腎臓がんの疑いがある」と言われました。

ちょうど、彼女がお風呂に入っているときです。出てきたらサプライズのプレゼントを渡して、プロポーズするところでした。そんな人生最高の場面で先生の言葉を聞いて、「なぜ、いまなんだ」と思い、目の前が真っ暗になりました。

川島さん_01

がんの告知は突然で、
何をすればよいのか
わからなかった?

はい 66.9%はい 66.9%

※ 回答数=2,171(がん経験者) 2020年4月アフラックネット調査

絶望から救ってくれた一言。
2人の強い味方がいてくれたからこそ、
がんを治そうと思いました。

がんになれば、彼女を幸せにはできないのではないか、だから結婚は白紙に戻そう。もしかすると生まれてくる赤ちゃんにも自分のがんが遺伝するかもしれない…とまで考えてしまうほど、思い詰めていました。

そこに彼女がお風呂から戻ってきて、「どうしたの?」と声をかけてきたんです。その瞬間、がんのことを打ち明けていました。言いたくなかったのに言ってしまったのは、誰かの助けが欲しかったからだと思います。

すると彼女から予想もしていなかった言葉が返ってきました。「全然、大丈夫だよ。むしろ見つかって良かったじゃない。赤ちゃんが見つけてくれたんだよ。この子、天使だよね」。

そうか、この子に救われたんだ、自分はなんてことを考えていたんだろうと思いました。自分には彼女と赤ちゃんという強い味方が2人もいるんだ。がんばって病気を治そうという強い気持ちになれました。

川島さん_02

勧めてくれた健康診断が、
奇跡の早期発見につながった。

もともと、僕はロケでたくさん食べていても、その日に先輩から誘われれば断れず、さらに食事をするといった暴飲暴食の日が多かったんです。運動も月に一度、フットサルをするくらいでしたね。

そんな状態でぽっこりと出ていた僕のおなかを心配して、子どもが生まれるのを機に彼女が健康診断を勧めてくれました。彼女から言われなければ100%、健康診断は受けていなかったでしょう。

僕の腎臓がんはステージⅠA。腎臓がんは早期で見つかることが珍しく、病院の先生からも「いま受診していなかったら4、5年は見つからず、手遅れだったかもしれません。これほど初期に見つかったのは奇跡的です」と言われました。

2人がいなければ、いまの僕は存在していません。本当に、僕は奥さんと娘の2人の天使に命を救われました。

先生に相談し、悩んだ末、
開腹手術を選択しました。

診断後、すぐにマネージャーに話し、相方(金田哲さん)にも打ち明けました。劇場の楽屋で「結婚するんだよ」「彼女、妊娠しているんだ」「実はがんになった」と、3つ立て続けに報告したら、相方は「えええ?」とびっくりしながらも、心配して「仕事は休んだ方がいい」と温かい声をかけてくれました。

会社の人からはセカンドオピニオンを勧められたので、セカンドオピニオンに加えてサードオピニオンまで受けましたが、最終的には最初の病院で治療することに決めました。

手術をしたのは2015年1月。先生と相談して、腹腔鏡ではなく開腹手術を選びました。僕は、芸として自分のおなかをよく見せていたので、本当は傷をつけたくありませんでしたが。

手術は約3時間かかりました。傷口は10cmぐらいかな。筋肉を少しと、あばら骨も1本切りました。開腹してみたら転移はなく、腎機能にも問題がなく、腎臓を3分の1ほど摘出しただけで終わりました。がんが転移していることもなく、腎臓にもそれほど影響がなかったことは、本当に運が良かったと思います。

入院中に毎日食べた
奥さんの手作り弁当

術後は痛みが続き、リハビリ中にあまりの痛みで意識を失いかけたことはありますが、それ以外は何事もなく、恵まれていたかもしれません。

入院中は、奥さんが毎日お見舞いに来てくれたんです。しかも温かいお弁当を持参してくれたので、先生の許可をもらって奥さんのお弁当を食べていました。彼女が作ってくれた、たらこパスタがとてもおいしかったですね。

奥さんにとっては、今まで忙しくてなかなか一緒にいる時間がなかったから、お見舞いで毎日一緒に過ごせるのがうれしかったようです。

川島さん_03

公表すべきかどうか。
がんのイメージが先行してしまう
不安があった。

退院後、彼女と結婚し仕事にも復帰しましたが、当初がんになったことを公表する気はありませんでした。周囲に相談をすると、そのようにアドバイスをされることが多かったのと、病気の人というイメージがついて、芸人として笑ってもらえなくなるのではないかという不安があったからです。

病気のことを周りに言わないままでいたので、手術後は傷口を隠すのが大変でした。けれど一度、気付かれたことがありました。とある営業先で、トークの流れで先輩芸人からシャツを脱ぐように話を振られたんです。でも、どうしてもできない。終わった後に楽屋裏で打ち明けました。

すぐに他の芸人さんにも広まりましたが、みんな優しいので、それ以上に拡散することはありませんでした。ただその後、周りの多くの芸人さんが、健康診断を受けるようになりましたね。

病気は身近にある、
若くてもがんになることを伝えたい。

仕事に復帰後、「若くてもがんになる」「病気は身近にある」ということを多くの人に伝えたいという思いが募るようになりました。僕ががんになったのは32歳。それまで病気とは本当に縁遠く、健康そのもの。

がん保険にも加入していませんでした。がんと言うと高齢の人がかかる病気というイメージが強く、友達や親からは入っておいた方がいいと言われても、保険料がもったいないというか、別に病気にならないから必要ないと考えていました。

それだけに退院当日、病院からの請求書を見たときにはびっくりしました。治療中は、死ぬか生きるかで精一杯。そんな中で「どれくらいお金がかかりますか」とは聞けなかったので、額を見たときにはどうしようかと思いました。後から高額療養費制度でかなり減額はされましたが。

僕の場合、抗がん剤治療は受けていません。もし受けていたら、もっと高額になっていたかもしれません。ああ、保険の意味はここにあるんだなと実感しました。保険に入っていれば、お金の面で圧倒的な安心感がある。それをたくさんの人たちに伝えたいという気持ちが芽生えてきました。

がん保険加入者が感じる
がん保険に加入するメリットは?

1位:
「家族の負担が軽減できて安心」56.2%
2位:
「金銭面での不安が減る」32.5%
3位:
「定期検診を受けるようになった」18.8%

※ 回答数=2,884(がん保険加入者) 2020年4月アフラックネット調査

がんの公表がもたらしてくれた応援と、
広がった世界。

がんを公表しようかどうしようかと悩んでいたときに、ある放送作家さんが僕の気持ちを知って「はんにゃとしてテレビ番組で発表してはどうか。悪いようにはしないから」と勧めてくれて、公表を決意しました。

不安はありましたが、現実は違いましたね。むしろ、うれしいことがたくさんありました。

あるロケ中に、60歳代くらいの男性が「僕も30年前に君と同じ病気になったけど、この通りピンピンしているから大丈夫だよ。がんばってね」と励ましてくれました。大阪マラソンに出場したときには、40歳代くらいの女性が「私も1か月前にがんの手術をしたところよ」と声をかけてくれました。本当にありがたいです。

講演会でお話しさせていただく機会も増えて、60分や90分なら通しでしゃべることができるようになりました。2019年の講演回数は吉本興業でナンバーワンなんですよ。

がんを契機に自分の強みを再確認して
新しい領域を開拓できた。

手術から5年が経ち、一応、がんからは「卒業」した形ですが、それでも怖いという気持ちはどこかにあります。

ただ、これを機に自分の強みは何だろうと考え、『だしダイエットの本』を出したり、YouTubeで料理チャンネルを開設したり、強みを伸ばしていく方向に進むことができました。その意味では、がんは僕に新たな道を開いてくれたもう一人の相方と言ってもいいのかもしれません。

これからも若者にがん保険や健康診断の大事さを伝えていくことは、ずっとやっていきたいですね。若くても元気であっても、僕のようにいつがんになるか分からない。がん保険に入っていれば安心感が得られるし、若いうちから入っておくのがいいと広く訴えていくつもりです。

そして何より、がんを経験してここまでこられたのも、家族がいたから。もし出会っていなかったら、僕はいま存在していないと思います。家族には「僕に出会ってくれてありがとう」という気持ちです。

川島さん_04

いざというときに備えて、
がん保険について
考えることが
大切だと思いますか?

はい 79.4%はい 79.4%

※ 回答数=32,974(20-70代男女) 2020年4月アフラックネット調査

2020年10月現在の情報を元に作成

※がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。