あなたはどの路線を選ぶ? 未来列車

6つの物語
妊活夫婦線
そろそろ赤ちゃんが欲しいと思っている 妊活準備中のあなたへ

悩みごとを明かせる友達を持っておくのはとても大切だと思う。私の場合はハルコとナツミがそれに当たる。大学時代から10年近い付き合いがあって、連絡をとれば都合をつけてカフェに集まってくれる。前回集まったのは、私の結婚式のときだった。
仕事で大変だったこともなければ、これと言って楽しいことがあったわけでもない。周囲が結婚していくことへの焦燥感。親からのプレッシャー。焦りと反比例して、老けていく自分の顔――

「ああ、なるほど、妊活かぁ。チアキも結婚して半年になるもんね」

私がさっそく打ち明けると、ハルコは納得したようにうなずく。ハルコには3歳になる男の子がいる。手元のエスプレッソがよく似合う大人っぽい姿に、たまに同じ年齢であることを忘れる。

「それだったら、あたしたち以上の相談相手はいないね」

ナツミも続く。2歳になる女の子がいる彼女は、キャラメル・プリン・カスタード・フラペチーノを堪能している。見ているだけで口のなかが甘くなる。ある意味、ナツミも同じ年齢であることを忘れる。

「そう、だから2人にいろいろ聞きたくて。やっぱりさ、出産のときって痛かった?」
「そりゃあね。麻酔も鎮痛剤も使えないし。チアキがいま握ってるアイスコーヒーのグラスを手で砕けそうなくらい力が入る」

ナツミが私の持ってるアイスコーヒーのグラスを指さす。苦笑いして、思わずグラスを離す。

「人生であれを超える痛みはない?」
「うん。ないね。でも、子どもが無事に生まれたときの、あの瞬間を超える喜びもない」

ハルコのその言葉で、さっきまでおびえて固まりかけた心が一気に解きほぐされていくのを感じた。やっぱり子ども欲しいな…。

「あ、でも、あたしの場合は症状が重い高血圧で、結局帝王切開になったんだよね」
「ナツミはそうだったね」
「無事に生まれてきたのも嬉しかったけど、保険も下りてホッとした記憶があるな」
「自分で負担するってなったら、ばかにならないからね」

ハルコとナツミが2人で盛り上がる。保険のことに関してはよくわからず、いまいちピンとこなかった。

「ねえ、保険って、やっぱり入っておいたほうがいいの?」
「「えっ」」

2人が同時にこちらを見てくる。信じられないものを発見したような目つきだった。

「そりゃ大切よ!入院費と万が一の手術費だって、保険に入っておかないと負担になるんだから」

「妊娠中は加入できない医療保険もあるから、まだ加入してないなら、いまのうちに検討したほうがいいと思うよ」

ハルコとナツミが思った以上のリアクションを見せるので、これはまずいことなんだなとすぐにわかった。保険か。全然考えてなかった……

カフェから出て、帰りの電車のなかでもやはり保険の話になった。電車の窓から保険会社の広告看板が目につくたび、これまでは、自分とはあまり関係のないものだと思って、スルーしていた。

「妊活ばかりに目がいってたけど、そういう備えも考えなきゃいけないってことだよね」
「そうだよ。トウゴくんとも相談しておいたほうがいいんじゃない?」

トウゴとは夫のことだ。元々はハルコとナツミの友人で、彼女たちにいまの夫を紹介してもらったのだった。二人の話題はトウゴの話になった。

「トウゴくん、そのへん全部チアキに任せっきりにしてそうだなぁ」
「そうだね。『そういうもんなの?』とか言ってとぼける顔が目に浮かぶ」

トウゴ、ばかにされてるよ。頼むから帰ったとき、そんなリアクションしないでよね。

「そういうもんなの?」

ため息がでた。トウゴも妊活自体には前向きになってくれているけど、どうやら私たちは、そろって大事な部分がおろそかになっているようだ。

「ハルコとナツミも言ってたよ。今のうちから探しておいたほうがいいんじゃないかな」
「でも、月の保険料とかもかかるだろ。賃貸から一戸建てに越したいって話もしてるのに」

「そりゃあそうだけど」
「いますぐじゃなくてもいいんじゃないか?」
「でも、備えは早いほうがいいとも聞くよ」
「今週末、実家にいくだろ。そのとき母さん達にも聞いてみよう」

約束通り、その週の土曜にトウゴの実家に向かった。電車の窓から、流れていく保険の看板の数を数えて過ごした。トウゴは近くの優先席で座っていた母親と、ベビーカーに乗る赤ちゃんを眺めて羨ましそうにしていた。

実家につくなり、お義母さんに台所まで引っ張られ、そのまま夕食の手伝いに加わった。有無を言わさないこの勢いが好きだ。何度か相談しようとしたけど、なかなか料理の手伝いで時間が取れなかった。

夕飯が食卓に並んだところで、ようやく時間が取れた。私から相談しようとしたら、意外なことに、トウゴのほうから保険の話を持ち出した。

「え?まだ入ってないの!?」

ああ、お義母さんのその目とリアクションの意味が理解できた。つい最近、ハルコとナツミの反応を私は見ていたから。

「だって、月の保険料だって家計の負担になるしさ」
「入院費やいざというときの手術費のほうがよっぽど負担になるわよ」
「手続きとか、いろいろ大変なんだろ」
「最近はネットで加入できるところもあるって聞くわよ。何より異常な妊娠とかをしたとき、事前に保険に加入しておけば、もしものことがあったときに、入院・手術の給付金が貰える可能性があるんだから余計なストレスを抱えずに済むでしょ」

そのあとも渋るトウゴに、お義母さんは保険の話を聞かせ続けた。自分が責められているような気分になったのか、トウゴはしだいに不機嫌になってしまった。そんな気まずい空気のまま、私たちは実家を後にした。

帰り道、電車のなかで、トウゴが携帯をいじっていた。こっそり横からのぞくと、保険会社のホームページの画面だった。

「母さんに勧められた保険会社のホームページ」
「なんだ、ちゃんと考えてくれてるんだ。ふてくされてたのかと思ってた」
「母親に忠告されて、すぐに従ってたら、なんか恥ずかしいだろ」
「可愛いとこあるね」
「将来の子どもや、何よりチアキのためなら、適当になったりはしないよ」
「…………うん、ありがとう」

トウゴと一緒に保険会社のホームページを見ていく。毎月の保険料や入院給付金額といった言葉が飛び交うが、一つひとつ、丁寧に追っていく。

「妊娠していると、やっぱり保険に加入できないことがあるみたいだな。入っておくなら早いほうがいいかも」
「このサイトの画面、見やすいね。ネットでこのまま申し込みもできるみたい」
「いましちゃうか?」
「ふふ、家に帰って、落ち着いてからでいいよ」

ふと、途中の駅で小さな子どもを連れた家族が乗ってきた。テーマパークのロゴが入った袋をもって、遊んで帰ってきたところなのだと察した。トウゴと目を合わせ、同時に席を立ち、家族に譲った。

つり革を握りながら、窓にうつる自分を眺める。私の視線はもう、窓の外の広告看板ではなく、自分の体に向かっていた。将来、大きくなっていくそのお腹を想像しながら、トウゴとともに帰路につく。

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