2015年春。母校の大学の入学式の祝辞でつんく♂さんは声帯摘出手術を受け、声を失ったことを公表しました。シャ乱Qのヴォーカリストとして数々のミリオンセラーを記録し、アーティストのプロデューサーとしても日本の音楽シーンを牽引してきたつんく♂さん。音楽家として一番大切にしてきた声を失うことになっても、守りたかったもの、がんになって初めてわかったこと、これからのことなど、WEB限定のエッセイを書いていただきました。

<つんく♂さんからのメッセージ>

「心の元気」が「体の元気の素」、なによりの薬だと思います。
保険って安心の材料でもあるので「心の元気」への大いなるナビゲーターなんだと思います。
僕も少しでも今回のCMを通じて世の中の皆さんの「心の元気」の応援ができたらと思って参加しました。お茶の間の皆様、正直CM出演は照れ臭いですが、なにとぞ宜しくお願いいたします。

つんく♂さんが出演したCMはこちらこちらから

がんの発見と治療のこと

振り返れば職業柄、常々喉には負担がかかっていたわけで何らかの違和感はずっとありました。時にはポリープが出来たり、扁桃腺が腫れて熱が出て、声が出なくなったりもあったし、コンサートやレコーディングが続けば声がかすれることもよくありました。安定的な仕事をする上でも、ある程度はマメに検査や診察を受けていたので、大事に至るとは思ってもいませんでした。

当時もドクターからは「職業病だね。酷使しすぎだね」というような診断を受けていたので「若い時のようには回復しないし、職業病だと思って上手く休めながら付き合ってくしかないだろうな」と考えていました。最終的にはがんと診断される数カ月前から極端に悪くなっていったのですが、結果的に声がなくなるくらいならもっと早く生検[*1]をマメにしておけばよかったと思います。

がんとわかってから、当初は当然ながら絶対に良くなるんだということを信じていました。、放射線治療と抗がん剤治療放射線治療と抗がん剤治療を始めてからも、子どもたちやスタッフに今までと変わらないように接するように意識していました。

治療に使われた抗がん剤は分子標的薬という副作用の少ないタイプでしたが、2週間ほどすると皮膚に副作用も出てきて、放射線の影響で強力な眠気も出てきました。7週間ほどの期間を持って終了としました。

[*1]患部の一部をメスや針などで取って、顕微鏡などで調べる検査。

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家族に支えられ、心の元気を取り戻した

最初の治療後、寛解[*2]を発表して、直後に、「がんが消えきっていないままさらに大きくなってます」と言われ、急遽声帯を切除しました。「ああ、本当に申し訳ない」と家族に対して罪悪感でいっぱいでした。まだまだ幼い子どもたちや妻に対して「病気のことで常に心配かけることになってごめんね」って。「なんでがんになってもうたんや。俺の人生が間違ってたんやな」って、気分が落ち込んで戻ってこれませんでした。それは今でもやはりそう思う時がたくさんあります。

それでも無邪気に「お父さん!」「パパ!」って寄ってきてくれる子どもたちがいてくれたから頑張れたし、「負けたらダメ。悔しかったら逆転すればいいでしょ」ってハッパをかけてくれる妻がいてくれたので、入院しながらでも、ベッドの上でもパソコンを広げて仕事しました。作詞も作曲もしたし、大切に育ててきたこれまでの作品たちを守ろうともしたし、翌年の発売に向けて仕上げ段階だったゲームソフトの開発にも魂を込めたし、大学の入学式のプロデュースを完成させる事ができたんだと思います。

話せない自分を、一から新しい自分を作っていくような気持ちで毎日過ごしていました。家族の支え、自分の精神力、分かち合える仲間、理解のある社会、これらとの共存であり、バランスだなと思います。何かに偏ってしまうともろくなるような気がします。

これまでは仕事に日々追われていました。でも病気になって子どもたちとも今までとは違う接し方をするようになりました。僕がなぜ病気になったか。これにもきっと意味があるんだろう。僕が声を失ったのにもきっと意味があるんだろう。これはきっと何かのヒントや暗号なんじゃないかと考えるようにしています。

そして、与えられたヒントや暗号の中で、僕のこれまで培ってきた音楽を生かして行きたいといろいろ考えています。我が子、そして日本や世界の子どもたちが「わ、たのしい!」「かっこいい!」って思うようなエンターテインメントの世界で仕事が出来れば最高だなって思います。

僕はハンデを背負いましたが、毎日が不幸ではありません。もちろん、ふとした場面で「ああ、なんで俺が」「ああ、不自由だな」って思う場面も当然ありますが、子どもと遊んでる時、妻とランチデートしてる時、テレビでお笑い番組を観てる時、音楽に携わってる時、などなど、たくさんの場面で「ああ、いい感じ!」って思う時がたくさんあります。

これぞまさに「心の元気」。喉が腫れて病んでる時も、手術直後も体は「非元気」だけど、そんな時でもたくさんの「幸せ」や「感動」「たのしい」はありました。病気=最悪ではなく、病気=だからこそ毎日を楽しく、ってことなんだと思います。 体の元気は、今すぐ自分でどうにもできないことも多いけど、心の元気は「はい、俺は今すごく元気」ってチャンネルを変えるだけで誰でもいつでもタダで出来ることなので、僕は心の元気をいつも心がけたいなって思っています。

[*2]病状が落ち着いており、臨床的に問題がない程度にまで治ったこと。

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病気になってからでは遅い。保険を考えよう

僕はもともとがんの保障がんの保障入っていたため、保険でカバーできる治療も多く精神的にはすごく安心出来ました。もちろんそれは結果論であって本来ならば保険を使わない健康な人生が一番いいですし、加入当初は「なんかもったいないな。この保険代であれも出来るし、これも買えるし」なんて思っていました。でも、だからこそ、「保険」なのでしょう。

僕の場合は放射線も抗がん剤も手術放射線も抗がん剤も手術もやったので、加入していてよかったなと思いました。病気になる前ってどんなタイプの保険に入るのか、プラスで何を加えればいいのか、とか迷いますし、特約が増えると高くなるし、そういうのを調べてるだけでもかなりの時間を費やすことになるので、実際はかなりハードな作業に思います。自分がどんな病気になりやすいかなんてわからないわけですからね。面倒さが勝って後回しになりがちですが、後の祭りにならないようにスピーディに動くのが良いと思います

世の中にはがんになった人がたくさんいる

公表したことによって、たくさんの人から応援をいただきましたし、「私も」「僕も」というお声がけをいただきました。

通院中も「私の主人も今から手術なんです。つんく♂さんがステージに立ってる姿を家族で見て、パパも頑張ろうねって話しあったところだったんですよ!」とか、レジでお金を支払っていたらレジのお姉さんが「私も乳がんで全部取ったのよ。普段はまわりに内緒にしてるけど、つんく♂さんの顔みたらあなたに伝えたくって」とか、一人でタクシーに乗ってある訪問先に向かっていたら降りる時に「つんく♂さんですよね?こないだの入学式みましたよ。僕もね、内臓結構取り出したんですよ。お互い頑張りましょう」なんてことをあっさり話してくる運転手さんとか。

手紙もたくさん届きました。小児がんを経験されたお子さんに励まされたり、同じく声を失った方からのその後の生活のアドバイスとか、本当にたくさんいただきました。

一つわかったのは、周りにがんのことを言っていない(言えない)たくさんのがん経験者がいるということです。しかも、たくさんの方が実はまだ闘病の最中です。それでもみなさん同じように電車に乗り、仕事場に行って、生活されている。中にはハンデもあって通勤が大変な人もいるでしょうが、それを世間にわかってもらえないまま、生活なさってるわけで、本当に大変だなって思います。がんは他人事じゃないってこと、みなさんに気づいてもらいたいです。

※がんを経験された個人の方のエッセイをもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。