深刻な病ととらえられがちな「がん」ですが、今や、がんと診断されてから5年後の生存率は男女ともに6割前後になります[*1]。つまりそれだけの人たちがリハビリや再発の可能性と共に、がん経験者(がんサバイバー)として生きているのです。

最近、そうしたがんサバイバーやがん患者に推奨されているのが「フィットネス(健康や体力の維持・向上を目的として行う運動。以下、運動)」です。「私たちのキャッチフレーズが『がんになったら運動しよう』なのですが、そう言うとたいてい驚かれます」と語るのは、一般社団法人キャンサーフィットネスの代表理事である広瀬真奈美さん。

自らも2009年に乳がんを経験、そこでがんを乗り越えるための運動の大切さを実感し、「運動」を通じてがん患者やがんサバイバーへの支援を始めるに至った広瀬さんに、がんと運動について話を聞きました。

※個人の方のお話をもとに構成しており、記載の内容はすべての方に当てはまるわけではありません。
[*1]国立がん研究センター がん対策情報センター「がん登録・統計」2006年~2008年診断例

がん患者が運動すべき理由

“がん患者が運動をしていいの?そもそも運動する必要はあるの?”多くの人が抱くであろうそうした疑問を尋ねてみたところ、広瀬さんから説得力のある答えが返ってきました。

「私も最初はそうだったのですが、がんを告知されるとできるだけ静かにしていたほうが良いと思ってしまい、日常の身体活動量が低下してしまいます。でもそうすると、これから大事な手術や治療があるのに筋力も体力も落ちていってしまう。中には持久力が衰えて、治療が受けられなくなる人もいるくらいです」

広瀬さんも当初はそうした状態でしたが、あるとき“ベストな状況で手術に臨むべきだ”と思い直し、ジョギングを始め体力を養うことで元気に手術を乗り越えたそうです。当時、マラソン大会にも出場したというぐらいですから、そのバイタリティには驚かされます。医師から運動を禁止されていなければ、手術前に健康な頃と同じく好きなスポーツを楽しんだり、ジムで体を鍛えたりするのも問題ないと広瀬さんは言います。

集合写真に笑顔で写る広瀬真奈美さん
前列左から三番目が広瀬真奈美さん

では手術後はどうなのでしょう?リハビリを始めたら、次はどんな運動をすればいいのでしょうか。

「例えば乳がんは手術後、腕を上げたり肩を回したりの簡単なリハビリ指導を受けて退院しますが、退院後も痛みやしびれも残っているためリハビリのやり方が間違っているのではないかなどと不安になります。リンパ節を切除している方は患側の腕がむくみ、一度発症すると二度と治らない後遺症の『リンパ浮腫』を患う可能性もあるため、不安から無理をしないように動かさなくなる方も多くいます。そのために、退院から数カ月すると腕が上がりにくくなってしまったり、体力が落ちたりします。そうならないように、体を動かすことは大事なのです」

また、手術以外に乳がんの主な治療法である放射線治療、化学療法・ホルモン療法の時期などにも運動はすべきだと言います。

「化学療法や放射線治療は倦怠感が伴い、身体機能の低下も出てくるので、その軽減のために推奨されているのが有酸素運動です。特に乳がん、大腸がん、前立腺がんは、運動と体重管理が再発防止につながるという研究結果も出ています」

こちらの記事でも紹介した、がん情報サービスが公開している『科学的根拠に基づくがん予防』[*2]によると、「禁煙」「節酒」「食生活の見直し」「運動」「適正体重の維持」の5つの生活習慣を改善すると、がん予防につながるとされています。例えば「運動」なら、18歳から64歳は「歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60分行うこと」と「息がはずみ、汗をかく程度の運動を毎週60分程度行うこと」などが、具体的に推奨されています。

がん患者やがんサバイバーにも、そうした具体的な指針はあるのでしょうか?

「アメリカスポーツ医学会と米国対がん協会が、ガイドラインとしてがん患者さんに推奨しているのが、『有酸素運動』『筋力トレーニング』『ストレッチ』の3つです。例えば有酸素運動なら、週に150分のウォーキングなどの中程度の運動か、週に75分の水泳などの強度の運動などです」

ちなみにキャンサーフィットネスの運動教室も、そのガイドラインと、広瀬さんが米国ニューヨークに行って学んだ「Moving For Life」のプログラムが土台になっているそうです。「Moving For Life」のプログラムは、米国スポーツ医学会をはじめとするさまざまな機関による研究成果、エビデンスを基に医師や研究者の監修により作成されています。

[*2]国立がん研究センター がん情報サービスが発表(2018年8月13日更新)

運動が精神面の不安も解消する

取材当日、インストラクター養成講座が開かれていた隣の教室からは、度々楽しげな笑い声が漏れ聞こえてきました。“病は気から”と言われますが、運動は心の健康回復にも効くと広瀬さんは言います。

「がんになると気持ちが落ち込む時期もあり、うつ気味になる人も多いのですが、実際見ていると、運動教室に初めて参加してから何回かするとみなさんの表情が変わっていって明るくなります。キャンサーフィットネスにある様々な教室の中で、それがいちばん分かるのはダンスエクササイズの教室です。音楽やリズムに合わせて体を動かすことに最初は恥ずかしがる方もいますが、最終的にはみなさん楽しんでいます。運動って楽しい、楽しいと自然に笑顔が出てきて、教室のみんなで笑ってしまう。こんな風に楽しく運動すると心身のストレスを発散でき気持ちの安定やリラックスにもつながっていきます」

キャンサーフィットネスでは、ピアサポート[*3]の場になることを大事に考え実践しています。がんの場合のピアサポートとは、同じような立場の仲間としてがんサバイバーが、がん患者やその家族と語り合い、心のケアや回復を目指す取り組みのこと。

[*3]同じような立場にある人が行う支援のこと。

「キャンサーフィットネスを立ち上げる前に乳がん患者をピアサポートする『乳がんフィットネスの会』を行なっていましたが、当時も今も、仲間ができて嬉しいという感想がとても多いです。インストラクターの養成講座をがんサバイバーの方限定にしているのは、運動教室をピアサポートの場にしたいからなんです」

インストラクターの養成講座の様子
インストラクター養成講座の参加者からは笑い声が。
この場を含めキャンサーフィットネスの活動がピアサポートの場にもなっている

経済的な不安と向き合うには

がん患者にとって、悩みの種の一つとなりうるのが、医療費です。医療費の支出がある状態で、さらに運動のためにお金を払うのは難しいという人へのアドバイスをいただきました。

「当然それはあると思います。でも本来、どんな運動だっていいのです。どこかで習うのが難しければ動画サイトなどでフィットネス動画を探して、気持ちいいと思う運動をすればOKです。強度も回数も物足りない程度でやめておけば大丈夫です。自分で運動すること自体は無料ですし、一生の生活習慣にできます。私自身が医療費のことで後悔しているのは、がん保険には入ってなかったことです。しっかりがん保険に入っていればもっと安心して暮らせたのではないかと思いました。2年前に父ががんになった時には、手術、入退院を繰り返していて私が治療費を払っていたので、それは痛切に思いました」

「私の場合は結婚していたので夫がなんとかしてくれるだろうと思えましたが、手術、入院、そして頻繁にある放射線治療の時は、大きな精神的そして金銭的な負担をかけることになり、申し訳ない気持ちになって心苦しかったです。パートナーがいるかどうか、生計を担う立場かどうかによっても不安の大きさは変わってくると思いますが、がん保険には入っておくべきだなと思います」

がんサバイバーとして生きていく

がんはいま、治る病気になってきています。しかし、がんサバイバーとなった人たちに対するケアは、まだ不十分だと広瀬さんは言います。がんは治っても後遺症が残ることがあるからです。

「私はそのために活動しているようなものです。現在治療中の人のためのセミナーは毎週のようにいろんなところでやっています。でも治療が終わって、あまり病院にも行かなくなり、そこからどうしたらいいんだろう?みたいな人も実際にはたくさんいます。その人たちも一生涯に渡って、がんのあとの自分の健康管理ができれば、ストレスも軽くなるはずです。だからその第一歩として、体のセルフケアである運動をぜひ生活習慣の1つにして欲しいですね」

がんサバイバーとしての生涯を考えていくことは今後ますます重要になっていくでしょう。心と体に加えて、経済的な面もしっかりケアするため、がんサバイバーもそうでない人も、いま一度がん保険など経済的な備えについて考えてみるといいかもしれませんね。

<お話を伺った人>
広瀬真奈美さん
キャンサーフィットネス代表理事。自身の乳がん罹患経験からがん患者が運動することの必要性を感じ、抗がん剤治療中から専門学校に通い日本フィットネス協会のインストラクター資格を取得。治療終了後に渡米し「Moving For Life」にて認定インストラクター資格を取得した。がんリハビリテーションの普及に向けて精力的に活動中。

2018年9月現在の情報を元に作成

※個人の方のお話をもとに構成しており、記載の内容はすべての方に当てはまるわけではありません。