がんのこと

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糟谷悟さん 悪性リンパ腫を経験 ~諦めないかぎり、がんになっても夢の位置は変わらない~

糟谷悟さん 悪性リンパ腫を経験 ~諦めないかぎり、がんになっても夢の位置は変わらない~

1983年生まれ。愛知県出身。駒澤大学時代、箱根駅伝に4年連続出場。3度の優勝に貢献し、2度区間賞を獲得。トヨタ紡織に入社し、実業団の長距離ランナーとしてトレーニングに励んでいた29歳の時、急に身体の異変を感じ、悪性リンパ腫であることが発覚。8時間に及ぶ手術を受け、医師からは陸上への復帰は無理と言われていましたが、10カ月後に競技復帰を果たしました。今も現役選手として日々厳しいトレーニングを積む糟谷さんにお話を伺いました。

体調の異変に気付いたのは、走りの異変がきっかけでした。

長距離ランナーとして実業団に入って経験を積み、29歳、日本代表に選ばれるまであと一歩というところまできていた時期でした。練習の感覚がいつもと違うことに気づきました。熱もないし、身体は元気なのに、練習をしているときの感覚が風邪をひいているときと同じで、まったく力が入らない。走っている最中、なんでこのタイミングで苦しくなるのか、という感じ。翌日の疲労感もいつもと全然違いました。体調面は軽い腹痛くらいで、ほとんど気にならなかったので、陸上やっていなかったら、がんに気づけなかったかもしれません。

近くのクリニックに行ったら「これは絶対精神的な要因ですね」と言われましたが、僕はメンタル弱くないから絶対違うと思い、何度か通った後、大きな病院を紹介してもらいました。結果的に入院することになったその病院でも、最初は「精神的なものですね」と言われたので、「絶対違うから、全身上から全部調べてください」とお願いしたら、大腸と小腸の境目に腫瘍がありました。ステージⅡの悪性リンパ腫という診断でした。

がんが見つかったときにはそれまで精神的なものと言われてきたので「やっぱりね、俺の感覚が正しいじゃん」と思いました。瞬間的には事の重大性がわからなかったのです。少ししてから「ちょっと待ってください。これって命に関わる病気ですか」と先生に聞いている自分がいました。

家族が心配するから、空元気だしてました。

自分のがんが発覚する直前、いとこががんで旅立ったばかりでした。兄貴と慕ってました。いとこの経過をリアルにみていたので、自分もそうなるのかな、と思うと、もともと1秒でも長く生きたい方だったのにそれと正反対なことになってしまって、夜が怖かった。

患者と見守る方と両方を経験して、周りの悲しむ感覚というのもわかっていました。家族が心配するから、僕、空元気だしてました。弱いところ、みせたくなかった。いとこが旅立ったとき、いとこのかあちゃんもすごく泣いていたし、自分の親も泣いていたから、絶対親は不安にさせちゃいけないと思って「がんに1秒も負けてないから」と言っていました。

手術は8時間に及び、腸を切除し、その後抗がん剤治療を受けました。副作用で髪の毛が抜けましたが、そんなに気にならなかったです。マイケル・ジョーダンの引退試合見に行くときにスキンヘッドにしたこともあるし、結構頭の形もよかったりするので。友達が麦わら帽子をお見舞いに持ってきてくれて、サングラスしてスカーフまいて「クレイジーケンバンドみたい」と写真を撮ったり、病室でも明るくしていたのでみんなに「病気じゃないだろう」って言われていました。

陸上脳が働いた。病気も陸上に例えて捉えました。

僕の中には「陸上脳」というものがあります。陸上やっていると怪我をすることもあるんです。そのときに「怪我した」とずっと悩んでいても仕方なくて、怪我をしたときに何をするかが大切。それと同じで、がんになってしまったことは仕方ない。病気になったから抗がん剤治療を受ける。治すため、先に進むためにやるんだぞ、と目的、意味を考えていたので、抗がん剤に対する恐怖などはなかったです。闘うものがわかれば、それに向かって闘うだけ、と。

長距離は自分との闘いの部分が大きいスポーツ。がんとの闘いにも応用できました。抗がん剤のせいで気持ち悪くなっても、夏場40km走ったあとの気持ち悪さに比べたら、まだ食べられるな、と思いました。

真っ暗な中、すげー遠くの方に光が見えた。

闘病中、競技者として戻ることを目標にしていましたが、医師からは厳しいと言われていました。それでも生きるために目標があった方が、病気と闘う力になると思いました。30歳、競技者として戻るギリギリのライン。本当に戻れるかどうかわからないし、不安な部分もやはりありました。

そんなとき、病室で何気なくつけていたテレビでミルズ選手*の走りを見ました。同世代の女子の短距離ランナーです。乳がんを経験して、手術をして抗がん剤治療も受けて、世界のトップレベルの競技に戻ってきていました。前例があるじゃないか。自分もがんばればもしかしたら戻れるんじゃないかと勇気が湧きました。

その瞬間、真っ暗な中、すげー遠くの方に光が見えました。すごく真っ暗だったからこそ、ちょっとした光でも見えた。どれくらい距離があるかわからないけれど、方向さえわかってしまえば、あとは進んでいくだけ。その瞬間、ゾーンに入りました。ブレない自分にカチッとスイッチが切り替わりました。

手術から10カ月後に復帰できました。病気になる前は走っていて苦しいときには苦しい、だけでしたが、新しい感情に出会いました。苦しいけど、生きてる、走ってる、走れてるという喜び。苦しいけど、生きてる、これ意外と楽しいんじゃないか、とか。目標はマラソン。そのためにハーフマラソンに出たり、5000m、10000mに出たりします。身体の感覚は、病気になる前と違いました。今まで積み上げてきた経験、感覚が全然あてにならない。最初は手探り状態、今でもわからないことだらけです。

*ノブレーン・ウィリアムズ=ミルズ ジャマイカ出身。2012年ロンドンオリンピック銅メダリスト。2009年世界陸上銀メダル、2011年世界陸上銀メダル獲得。

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