アフラックの軌跡

1974年~1984年

  • プロローグ
  • 1974年から1984年
  • 1985年から1994年
  • 1995年から2004年
  • 2005年から現在

日本初の「がん保険」を発売

<がん保険>最初のパンフレット
<がん保険>最初のパンフレット

1974年11月15日、アフラックは日本初の<がん保険>を発売し、日本での営業を開始しました。

「がんによる経済的悲劇から人々を救いたい」

その想いだけで未知の分野への挑戦のために集まったのは、元鉄鋼マン、自衛隊出身者など生命保険業界の未経験者ばかり。まさにベンチャー企業としてのスタートでした。当初、東京・日本橋の小さなオフィスビルで営業を開始しましたが、その後、壮大な夢に向けた決意を示すかのように、当時では日本一の高層ビルだった新宿三井ビルに移転し、以来、日本社の本社所在地となっています。

74年創業直後、新宿三井ビルの前で(大竹美喜(前列右)と女性社員たち)
74年創業直後、新宿三井ビルの前で(大竹美喜(前列右)と女性社員たち)

当時、日本の生命保険営業は、営業職員と呼ばれる女性を中心とした販売チャネルが主流でしたが、アフラックは生保業界で初めて代理店制度を採用しました。時代はオイルショックによる不況の真っ只中。しかし多くの企業が、収益多角化のために、グループ会社として保険代理店を立ち上げるなか、アフラックは創業当初から銀行、新聞社、テレビ局、電力会社などの一流企業を中心とした企業系列の代理店を得ることで、強固な販売網と顧客基盤を築くことができました。

最初の<がん保険>は、「入院給付金」と「死亡保険金」だけのシンプルな保障でしたが、がんの再発リスクを考え、入院給付金の限度日数を無制限、保障期間も一生涯としました。1981年には、脳卒中を抜いてがんが日本人死因のトップになったことで、がんに対する経済的な備えへの関心も高まり、当初の予測をはるかに超えるスピードで<がん保険>も広く知られるようになりました。

こうして創業10年目には、代理店数は2,000店を超えるまでに広がり、<がん保険>の世帯普及率(保有契約口数/全国世帯数)も10%に達しました。

第一回目の代理店講習会
第一回目の代理店講習会

一方、<がん保険>に関わる給付金のお支払いは、創業の翌年から始まりました。患者本人への告知がほとんどされていなかった当時、がんという病名をご本人に気づかれないように給付金をお支払いすることは<がん保険>が抱える非常に大きな課題でした。書類送付には市販の白い封筒を使い、差出人は担当者個人の名前のみ。宛先も事前にご家族と決めた住所とするなどしていました。また、電話連絡もご自宅以外を原則として、ときには住宅販売の営業を装って電話するなど、さまざまな工夫と試行錯誤を繰り返していきました。

こうして、お客様を第一に考えた誠心誠意の配慮を積み重ねるなかで、アフラックの企業文化と精神が培われていきました。

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