アフラックの軌跡

1995年~2004年

  • プロローグ
  • 1974年から1984年
  • 1985年から1994年
  • 1995年から2004年
  • 2005年から現在

お客様本位の経営姿勢を堅持

<特約ワイド><21世紀がん保険><新健康応援団MAX><EVER>のパンフレット
<特約ワイド><21世紀がん保険>
<新健康応援団MAX><EVER>のパンフレット

この時期、日本経済はまさに激動の時代を経験しました。バブル経済の崩壊後、日本版金融ビックバン構想の下、金融市場の活性化に向けたさまざまな規制緩和策が打ち出されました。しかし、バブル崩壊の爪痕は深く、銀行、証券、保険会社などの経営破綻が相次ぎ、金融不安が広がりました。

しかし、保険業界では、1993年から始まった日米保険協議による紆余曲折を経ながらも競争促進に向けた規制緩和が進み、2001年には、生命保険(第一分野)と損害保険(第二分野)の中間に位置するがん保険や医療保険などのいわゆる“第三分野”への大手生損保の参入が解禁されました。またこの時代、サラリーマンの医療費自己負担割合の段階的な引き上げや平均寿命の伸長を背景に、生活者の間に“長生きするリスク”への備えに対するニーズが急速に広がっていきました。

こうしたなか、アフラックは「お客様本位」の経営姿勢を重視し、大切なご契約を長期にわたってしっかりと守っていくために財務基盤の一層の強化に努めるとともに、お客様ニーズを踏まえた商品ラインアップをさらに強化していきました。

第一生命との業務提携 調印式(左からエイモスCEO、第一生命森田社長(当時)、松井社長(当時))
第一生命との業務提携 調印式(左からエイモスCEO、第一生命森田社長(当時)、松井社長(当時))

1995年には、割安な保険料でがん、脳卒中、急性心筋梗塞の3大疾病を保障する<特約ワイド>を、1998年にはがん以外の病気・ケガによる入院・手術を保障する<特約MAX>を発売。そして、2000年には「高度先進医療給付金」「在宅緩和ケア給付金」等を設けた大型の新主力商品<21世紀がん保険>を発売しました。さらに2002年、一生涯の医療保障を提供する<一生いっしょの医療保険EVER>を発売。これは、低廉な保険料で終身医療保障をはじめて実現した医療保険として大ヒット商品となりました。

一方、アフラックは保険商品とともに販売チャネルの拡充にも取り組みました。1998年には外資系生保で初めて全都道府県に支社を設置し、全国のアソシエイツ(販売代理店)の支援態勢を強化しました。また、2000年には、第一生命保険相互会社との業務提携を発表。がん保険や医療保険などの第三分野市場の完全自由化を目前に控えるなか、アフラックは日米生保の初の強力なパートナーシップを結成しました。

アフラックダック
アフラックダック

そして創業30周年を迎えた2004年、アフラックは個人保険分野で最も多くのご契約をお預かりする生命保険会社となり、アフラックは名実ともに「生きるための保険」のリーディングカンパニーへと成長しました。

2000年、米国では「家族」や「親しみ」を表わし、また"Aflac"の発音がアヒルの鳴き声"Quack"(クワック)に近いことからコーポレートキャラクターとして「アフラックダック」を起用。アフラックダックを使ったテレビCMによって、全米での社名認知度は約10%から90%以上へと大きく向上しました。2003年、米国ではすでに有名となったアフラックダックを日本でも正式に起用し、「よ~く考えよう~♪」などのCMソングとともに大変な話題となりました。最近では新たに「まねきねこダック」も登場するなど、アフラックダックはまさにアフラックの顔として活躍し続けています。

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