「がんだと診断された……。仕事、どうしよう……」
働き盛りの人ががんを宣告されたとき、気が動転してどうすればよいのか判断がつかなくなることも多いでしょう。

国立がん研究センターの調査[*1]によると、がん患者の約3割が生産年齢(15〜64歳)だといいます。「通院治療」という方法の認知度は高まってきていますが、それでも、3人に1人が離職する状況です[*2]。

実際、働きながらがん治療に臨むための心構えとノウハウを、一般社団法人CSRプロジェクト代表理事 桜井なおみさんにお聞きしました。

[*1]国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」の「罹患データ(全国推計値)」より集計。
[*2]静岡県立静岡がんセンター「2013年がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査」による。

がんになっても働き続ける社会に

働いている人ががんになると、通院や入院によって思い通りに働けず、収入が減ることが大きな問題となってきます。一方、以前と比べて治療法の進歩などにより、社会的に通院治療への意識も高まり、治療と就労を両立する動きも出始めてきています。

2016年12月には「改正がん対策基本法」が成立し、事業主に対してがん患者の雇用継続に配慮するよう求められるようになりました。また、大手企業を中心に、従業員ががんになった際の対応について公表する企業も現れ始めています。

2017年3月には独立行政法人労働者健康安全機構が「治療と就労の両立支援マニュアル」を作成、無料ダウンロードを開始しました。さらに、患者や家族が治療と職業生活を両立することを支援する両立支援コーディネーター養成のための研修が、一般の人を対象に始まるなど、治療と就労を両立する動きが活発化してきています。

両立するための職場との交渉

桜井さんはご自身ががんに罹患した経験からCSRプロジェクトを立ち上げました。CSRプロジェクトとは「Cancer Survivors Recruiting」の略で「がん患者の就労」を考えるプロジェクトという意味。

インタビューを受ける桜井なおみさん
ご自身の経験からCSRプロジェクトを立ち上げた桜井なおみ氏

現代は放射線療法や化学療法、手術などがん医療の進歩が目覚ましく、患者への負担が小さくなり生存率も上昇、働きながら治療できるようにもなってきています。もし、自分ががんだと分かったら、最初に取るべき行動は何かを桜井さんに聞きました。

「がんだと分かったら、まず、慌てないこと。がん宣告を受けて2週間程度は混乱するのが当たり前です。多くの場合、動揺して『治療に専念しよう』『会社を辞めよう』と辞職する決断をしてしまいがち。決めないといけないことはすべて後回しでよいので、まずは落ち着きましょう」

冷静さを失ったときの判断は後悔する結果になることが多いもの。会社を辞めると決める前に、どこの病院がよいかを調べることが先決だそうです。

「実際に手術して、がん細胞を解析し、どのようながん治療法を取っていくかが分かってから、今後どうするかを決めても遅くないのです。私は自分ががんだと分かったとき、部下もおり、とても忙しい職場でしたから、すぐに辞めるという決断をしてしまいました。だから、気持ちはよく分かりますが、即断しないことが大切です」

桜井さんの経験に基づいた上でのアドバイスは説得力があります。
そして、最初の2週間は「自分の人生で大切にしたいこと」を書き出して優先順位を決めたり、「今すること、1週間後にすること、1年後にすること、将来どうなるか分からないこと」を整理したりする時間にした方がよいとのことです。

それでも、会社へは自分ががんになったことを事実上、報告する必要が生じます。いつどんな風に報告したらよいかを聞いてみました。

「職場の雰囲気によって違いますね。働いているご自身が一番よく分かっていらっしゃると思います。上司止まりにするのか、隣の席の人にまで言うのか、部位やステージまで公開するのかなども考える必要があります。ただ、伝えるときに注意点があります。それは、相手の立場に立つこと。ときどき、がんになったストーリーを語ってしまう方や、一度に何から何まで全部を話してしまう方がいらっしゃいます。詳細に話しても、案外、相手は覚えていないもの。小出しで伝えていってもいいのです」

自分のことでいっぱいになり、伝えたくなってしまいますが、相手が受け取れる量を考える気づかいも必要です。

丁寧に説明をしてくれる桜井なおみさん

「伝える際には『配慮してほしいこと、配慮してほしい期間、今の自分の気持ち』を話すとよいです。この内容は変化していくものなので、変化する度に改めて伝えていきましょう」

がんと向き合う生活では何かと「揺らぐ」ということを前提に考えておく必要があると桜井さんは何度も言います。例えば、治療スケジュールを会社と共有するときは、体調や治療の進み具合などによりスケジュールが揺らぐことを前提に考えて作成するとよいとのこと。

そして、おすすめは日記をつけることだそうです。
「自分を客観視するために日記をつけておくとよいです。体調にアップダウンがあるので、体温、食欲、血圧、食事の有無、排尿・排便、疲れ具合などの体調メモを記録しておくと、何かあったときに原因を突き止めやすいからです。客観的事実があると担当医にとっても楽ですし、また、会社との交渉時にこのメモが武器になります」

確かに細かい記録が残っていれば、会社側も状況を理解しやすいでしょう。

「それから、会社の就業規則を確認しましょう。会社に支援制度が用意されている場合があります。時短勤務、通勤ラッシュを避けての出社、時間単位での有給休暇、私傷病休暇など、いろいろな制度が整っていることが多いですよ」

就業規則はほとんど見ていない人もいるかもしれませんが、一度、確認しておくとよいそうです。

自分でできる準備

次に、自分自身の心構えはどうしたらよいかを聞きました。

「先ほども話しましたが、『揺らぐ』ということを意識しておきましょう。気持ちが落ちたり、モチベーションが下がったりし、悪い話もたくさん聞くので心に波風が立つのは当然です。ですので、荒波のど真ん中にいると自覚し、一呼吸おくことが大事です」

健康なときでさえメンタル面で揺れることがあるのですから、治療中はさらに気遣うことが大切。「今は精神的に悪い状態だから、人生の大きな決断はやめておこう」と自分自身を客観視することが重要だそうです。

「また、治療中は収入が減る場合も多いので、国の支援、組合の支援など公的支援等もおおいに利用しましょう。国の支援だと、確定申告時の医療費控除がありますし、健康保険であれば傷病手当金を受けられたり、高額療養費制度を利用して自己負担を減らしたりもできます。組合に入っていれば、組合自体が独自の制度を持っていることがありますので聞いてみるとよいです」

公的支援等は自動的に受けられるわけではないので、まずは自分で調べるなど自発的な行動が必要だと桜井さんは念を押します。

保険を活用して経済的負担を分散する

治療と仕事の両立を会社側から支えてもらったり公的支援を受けたりしても、精神的な不安は大きく、また、治療費がかさむことで経済的負担はつきまとうものです。
精神面でのアドバイスを桜井さんからいただきました。

「まず、がんを受け容れること。そして、人生を楽しむことが大切です。温泉旅行や海外旅行、ライブやスポーツなど楽しいイベントを入れ、その間に治療を入れていくという意識がよいですね。病気に人生を支配されると、充実した生活が送れなくなるからです。また、治療を人まかせ、医者まかせにせず、最後は自分の意思で決めていくこと。人まかせだと人のせいにしてしまいます。自分で決めたという納得感が大事です」

がんに振り回されず人生を楽しむ時間を忘れない、自分で自分の人生を決めていくことが治療中の精神面を支えていくようです。

一方、公的支援等のほか、民間の医療保険を併用し、経済的な負担を分散するとよいでしょう。治療と仕事を両立させるためにも、備えは多くて困ることはありません。
健康なときはなかなか実感がわきませんが、いざというとき「保険に入っていてよかった」という安心感が、治療と仕事の両立に対して積極的に臨める基盤になるはずです。

机に肘をかける桜井なおみさん

<桜井なおみさんプロフィール>
一般社団法人CSRプロジェクト代表理事。キャンサー・ソリューションズ株式会社代表取締役社長。設計事務所に勤めていた37歳のときに乳がんが見つかり、治療のため休職。職場復帰するも治療と仕事の両立が困難となり退職。自らの経験から働き盛りのがん患者支援の必要性を感じ、がん患者の就労支援事業 CSRプロジェクトを開始。著書は『がんと一緒に働こう! 必携CSRハンドブック』(合同出版)など。