最近、「先進医療」[*1]という言葉を耳にしたことがある人もいるのではないでしょうか?
言葉そのものは知っていても、先進医療と一般的な保険医療との違いや、治療にかかる費用についてなど、わかりにくいことも多い。そこで、具体的な治療の流れをはじめ、がん治療における先進医療のメリットなど、気になる「先進医療」事情についてご紹介します。
[*1]「先進医療」とは、厚生労働大臣が認める医療技術で、医療技術ごとに適応症(対象となる疾患・症状等)および実施する医療機関が限定されています。また、厚生労働大臣が認める医療技術・適応症・実施する医療機関は随時見直されます。
「先進医療」とは法律に基づいて定められた将来の“保険医療候補技術”
「『先進医療』とは、健康保険法に基づいた高度な医療技術であり、保険医療の対象にするべきかどうか、判断がむずかしい技術に対して厚生労働大臣が定めた医療のことを指します」
そう話すのは、東京大学医学部附属病院放射線科准教授・放射線治療部門長の中川恵一先生。現場での臨床経験を活かし、患者さんへの総合的なアドバイスを行ないながら、がん検診受診率の向上を目指す活動をされています。
がん治療に関するものでいえば、放射線治療の「陽子線治療」や「重粒子線治療」や、「内視鏡手術支援ロボット(ダビンチ)」による患部の切除手術などが先進医療にあたるそうです。
「また、先進医療は治療効果に関する科学的証拠が少なく、“不確実な医療”のため、健康保険の対象外となっています。治療そのものは全額自己負担となりますが、将来的に健康保険の対象になる可能性があるため、保険診療と併用した『混合診療』を受けることができるのも特徴です」
平成30年7月1日現在、厚生労働大臣が定めている「先進医療」は92種類。その92種類の中から、保険医療に移行する可能性が高い「先進医療A」と、Aよりも科学的証拠が乏しいとされる「先進医療B」に分類されます。
「『先進医療A』に指定されているのは28種類。より多くの科学的証拠が得られれば保険医療に移行する可能性が高いグループです。実際に保険医療に移行したものもあり、平成30年4月の改訂では『前立腺がん』に対する陽子線治療が保険医療に認められました」
その一方で、たしかな有効性や安全性が認められなければ「先進医療」の指定から削除されることもあることからもわかるように、先進医療とは暫定的なものです。
注目される、体へ負担が少ない陽子線治療、重粒子線治療
将来的に保険医療の対象になるかもしれない「先進医療」。中川先生によれば、先進医療に定められているがん治療法のなかでも、とくに注目されている医療技術は「陽子線治療」と「重粒子線治療」の2つとのこと。
「陽子線治療とは、水素の原子核を加速した“陽子線”を、がんに照射する治療法。もう一方の重粒子線治療は、炭素の原子核を加速させた“重粒子線”をがんの患部に照射する方法です。どちらも『粒子線』を使う治療法なので、ピンポイントで病巣に照射することができるという特徴があります」
陽子線治療や重粒子線治療のように「粒子線」を用いた治療法は、照射の回数が少なく体への負担も少ない、といったメリットもあるそうです。
「保険医療の『放射線療法』の場合は、X線やγ線などの光子線(光の仲間)を用いるため、照射範囲が広くなってしまいます。すると、がん周辺の正常な組織にX線がかかってしまったり、お子さんの場合は骨にもかかってしまい身長が伸びにくくなったりと、がん患部以外の部位に影響が出ることもあります」
先進医療と保険医療、選択肢が広がる一方で、中川先生は「先進医療をあまり特別なものと考える必要はない」と話します。
「個人的な意見としては、陽子線治療や重粒子線治療が受けられなかったとしても過度に気にする必要はないと考えています。少なくとも、飛行機と車ほどの差があるものではないので、医師と相談しながら最善の治療法を探ってみてください」
治療法を検討していくなかで先進医療の治療を受けることを決めた場合は、どのような段階を踏んで治療をおこなっていくのでしょうか?
「まず、先進医療を実施している病院でなければ、先進医療の治療を受けることはできません。厚生労働省のホームページには『先進医療を実施している医療機関の一覧』があるので、そこに載っている病院でセカンドオピニオンをとりましょう。その後、実際の入院や通院などの手続きについては、通常の保険医療と大きな違いはありません」
先進医療は費用面や治療法の説明を受けて「同意書」に署名をする必要がありますが、こちらも保険医療対象の放射線治療のフローと同じだとか。
先進医療だからといって、手間が増えるわけではないので身構える必要はないようです。
先進医療最大のデメリットは
治療費の高さ
陽子線治療や重粒子線治療のメリットは多いとしながらも「先進医療最大のデメリットは、治療費の高さにある」と、中川先生。
中川先生も指摘しているように、先進医療の治療費は全額自己負担。例えば重粒子線治療の場合は1件あたり314万9172円[*2]と、かなり高額な費用を自己負担しなければならないという現実があります。
先進医療の場合は一般的な自由診療とは異なり、保険診療との“混合診療”が認められ、治療費を支払った際の領収書をとっておき、確定申告をすれば「医療控除」が受けられるなどの措置があるとはいえ、自己負担分のことを考えれば治療をためらってしまう金額です。
「陽子線治療と重粒子線治療については、有効性や安全性が認められ、今後も徐々に保険医療に移行していく可能性が高いです。しかし、ひと言で『がん』といってもさまざまな種類があり、より多くの『がん』への治療効果が認められるまでには、まだ時間がかかることが予想されます」
そんな背景もあり、中川先生は「先進医療特約をがん保険につけるべき?」という質問を受けることがあるそうです。先進医療特約とは、がん保険や医療保険に付加し、先進医療を受けた際にかかる技術料を保障するもの。
「私から積極的に先進医療特約をおすすめすることはありませんが、重粒子線治療を選ぶ患者さんは、がん保険に先進医療特約を付加している人が多い印象です。もちろん、一括で約300万円を支払える場合は必要ないですが、多くの保険会社では月々の保険料が100円前後とリーズナブルなので、不安な人は付加しておくと安心できるのかもしれません」
いざというときの “保険”として、先進医療特約に加入すると安心かもしれません。ただし「治療の初期段階から先進医療を視野に入れないように」と中川先生は提言します。
「優先して受けるべきなのは、三大治療法などの保険医療です。高額医療費制度によって治療費の心配も少なく、がんへの有効性や安全性が認められた治療法です。保険医療をしっかり受けたうえで、次の段階として『先進医療A』を選択肢のひとつに加えましょう」
先進医療は「高度な医療技術」とされていますが、実験段階の医療であるのはたしか。まずは保険医療を受けたうえで「自分は先進医療による治療が必要かどうか」を、主治医に相談するのが理想のようです。
[*2]出典:「第61回先進医療会議 平成29年度先進医療技術の実績報告等について(平成29年6月30日時点における先進医療Aに係る費用)」より
<お話を聞いた人>
東京大学医学部附属病院放射線科准教授 放射線治療部門長中川恵一先生
1985年、東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部放射線医学教室に入局。2002年には東京大学医学部附属病院放射線科准教授、翌年には同院緩和ケア診療部長を兼任(平成26年度まで)。現在、放射線治療部門長。臨床の現場で多くの患者さんと接しながら、がん対策推進企業アクション議長などを務め、企業・団体のがん検診受診率50%を目指し、精力的に活動中。
2018年5月現在の情報を元に作成