「もし自分の大切な家族が“がん”と診断されたら自分は支えられるだろうか……」
例えば芸能人がパートナーの看病をしている様子をテレビやインターネットで目にしたとき。がんで亡くなった著名人の家族のコメントなどを目にしたとき。いつか自分の身にも降り掛かってくることかもしれないと思うと、様々な思いが頭をよぎります。

「がん患者の看病は孤独な毎日になることがあります。そのため、がん患者の家族は悩みを抱え込みがちになりますが、周囲に協力者を探しながら患者を支えてほしいんです」

そう話すのは、がん患者の家族をサポートする活動をしている酒井たえこさん。がんを患った父親を看病した自身の経験から、がん患者の家族にその辛さの乗り越え方を伝えています。

がん患者の家族の苦悩とはどのようなものなのでしょうか。またその苦悩を軽くする方法はあるのでしょうか。

がん患者の家族をサポートする活動をしている酒井たえこさん

がん患者を支える家族は過ぎ去る時間の重みに苦しむ

「がん患者自身が苦しいのはもちろんですが、がん患者の家族も同じくらいに不安や悲しみを抱えています。でもその気持ちを共有できる場は少なく、孤独を感じている人も多いんです。中には患者ではない自分が助けてもらうなんてとんでもないとさえ思い、周囲に頼ることができない人もいます」

がん患者セラピストとして活動している酒井さんのもとには、そんな孤独な気持ちを抱えたがん患者の家族である「がん家族」が全国から訪れます。ようやく気持ちを吐き出せたことから、いきなり号泣する人もいるとのこと。がん家族はなぜそこまで精神的に追い詰められてしまうのか。その理由はがんという病気の持つ特殊性にあると酒井さんはいいます。

「がんは告知された段階、もっというと健康診断で再検査と判断されたときから、様々な判断をスピーディに下していかなければならない病気。それまで意識することなく流れていた時間が、急に一秒一秒刻まれていく感覚になるんです」

砂が刻々と落ちてくる砂時計の写真

家族のがん発見によりそれまでの生活は一変し、家族を失うのではないかという恐怖の中、医師や患者とシビアなやり取りが続くがん家族の毎日。酒井さん自身、不安で孤独な気持ちを抱えながら父親の闘病を支え、看取った後はしばらくうつ状態に陥ったといいます。

「父が亡くなり、うつ状態になって布団から出られなくなった私は、それまで自分がどれほど追い詰められた毎日を送っていたのかを実感しました」

止められない時間。重要なのはいかに早く患者と家族が素直になれるか

本来であれば大切な家族の看病は落ち着いた気持ちでしたいし、家族とのかけがえのない日々はお互い向き合って過ごしたい。でも、がんになると当たり前の生活から一転、毎日が目まぐるしく過ぎていきます。

そんな中で一番重要なことは、どれだけ早く患者と家族がお互い素直になれるかだと酒井さんはいいます。

「がん告知の後に始まるのは命に関わるシビアな毎日。患者や家族は恐怖を感じながらも様々な決断をしていかなければなりません。そんな状況できれいごとは通じません。ときにはけんかしたっていい。まずはお互いの気持ちをさらけ出してほしいです」

がんの闘病というと治療、生活、金銭的なことなど具体的な問題を思い浮かべますが、それらに対して指針となるのはがん患者自身がどう生きたいのか、そしてそれを支えるがん家族は患者にどう生きてほしいのかということだと酒井さんはいいます。

「がんというと死をイメージしますが、私はがんの闘病というのは『どう生きるか』を考えることだと思っています。この先、がんと付き合いながらどういう暮らしをしたいのか。もし末期がんであったなら残りの時間をどう過ごし、そしてどう終えたいのか。そういうことをお互い素直に話せる関係性を作って、その上で治療方針を決めていってほしいんです

がん家族が看病に専念するために重要なのは「協力者」を探すこと

がん家族は看病する立場であることから無理をしがちです。忙しい日々の中で患者とうまく向き合えず、孤独感を募らせる人も多いとのこと。かつて自分もそんな苦しみを味わった酒井さんは、同じように悩むがん家族に、がん患者と向き合うためのあるコツを伝えています。それは、「協力者を探して素直に頼ること」

切羽詰まった状態では何をどう頼ればいいのかもわからなくなるかもしれません。そんなときに備えて、普段から協力者を探すためのリストを作っておきましょう。自分の家族や親戚、友達やご近所さん、自分を取り巻く人達を一覧にし、彼らに頼めることはないかを書きこんでおきます。

自分に近しい家族や親戚なら病院の付き添いや洗濯・料理などの家事、友達には車での送り迎え、ご近所さんならゴミ出しを頼めるかもしれません。一つひとつはちょっとしたことでも協力してもらうことでできた「隙間時間」が、がん家族の心に余裕をもたらします。

「時間に追われると人はどうしても余裕がなくなり、自分の周りが敵ばかりのように見えてしまいます。でも、思い切って頼ってみてください。時間にゆとりができると心に余裕もできる。そうしたらさらに他の人にも頼ってみてほしいんです。単刀直入に"頼る理由”と"やってもらいたいこと”を話すと、意外とみなさん協力してくれるものです」

車椅子を押す人々とそれを見守る人々のミニチュアの写真

また、がん患者の看病をしているといっても日常の生活は続きます。その中では思いもよらない事態が重なって起こることもあります。そんなときにも、協力者がいれば対処も可能になることがあります。

持病や介護の必要のある親、受験を控えている子どもなど、本来であれば自分がサポートするべき人が家族の中にいる場合、協力者にはがん家族であるがゆえに自分がそのサポートをできないこと、何かあったときは彼らの世話をしてほしいことなどをあらかじめ伝えておきます。

協力者に作ってもらった時間で、患者と向き合う心の余裕を持ったり、泣いて自分の感情を吐き出したりしていいんだと、酒井さんは続けます。

「私はがん家族の人たちに『あなたはひとりじゃないんだよ』ということをまず伝えるようにしています。緊張の連続を強いられるがん家族としての生活。そんな中でもほっと一息つける瞬間を作る、そのために協力者を探して頼ってほしいんです」

突然にやって来るかもしれない、がん家族としての生活。協力者リストを作り、頼ることを意識しておくことで、患者の看病にも専念できるということですね。

また、そんな状況で経済的な不安まで抱えていると、がん家族自身の心が折れてしまいかねません。そういう場合に備えて家族にはがん保険に入ってもらうということも、普段からできる備えの1つといえそうです。

正面を向いて笑う酒井たえこさん

<お話を聞いた人>
酒井たえこさん(がん患者セラピスト)
35歳のときに父親ががんで他界。苦しみながら家族を看取った自身の経験から、看病する側への支援の必要性に気づく。2014年、「がん患者さんの看病をしている人のサポート協会」を設立。全国のがん患者家族のもとへ赴き、悩みごとの傾聴、リフレクソロジーなどを通じ、がん患者家族の辛く不安な気持ちを支える活動を続けている。著書に『がん患者の家族を救う55のQ&A 癒しのプロが体験から語る「つらさの乗り越え方」』(アイエス・エヌ)がある。