健康そのものだったのに、がんと診断された。

健康診断ではいつもA判定。まだ20代後半で、大きな病気をしたことは一度もなく、周囲の誰よりも栄養バランスに気を使った食事をしている。そんな私が、卵巣がんだと診断されたのは2020年1月のことでした。

前年の12月に、たまたま受診した小さなクリニックで「大きな病院に一度かかってみた方がいいですよ」と言われたのがきっかけです。少し不安な気持ちを抱えて、年明けに大学病院で検査を受けると、先生に告げられました。「がんの可能性が非常に高いです」と。

自覚症状はなかったので、正直、実感はありませんでした。信じられない。いったいこれからどうなるんだろう。将来、子どもを持つことができるのか。頭の中でいろいろな感情が交錯しました。そのとき涙は一つも出なかったのに、改めて両親が同席した上で先生の話を聞き、泣いている母の姿を見たときに初めて涙がこぼれました。

このとき、がんの可能性が高いと言われたのが右側の卵巣でした。その摘出手術を受けたのは、がんと診断された1週間後。がんが進行すると卵巣が捻転し破裂することもあり、そうなるとがんが他の臓器に転移しステージも上がってしまうかもしれないので、できるだけ早く取ってしまった方がいいというのが先生の判断でした。

セカンドオピニオンは受けませんでした。時間がなかったこともありますが、何より先生から今後の治療方法について丁寧に説明をいただいて、十分に信頼できたからです。卵巣を摘出し、病理検査にかけて悪性度を調べた上で抗がん剤治療を行えば、寛解(かんかい)する病気ですよ——。先生のお話を信じてがんばるしかない。それが私と両親の結論でした。

長藤由理花さん

がんの告知は突然で、
何をすればよいのか
わからなかった?

はい 66.9%はい 66.9%

※ 回答数=2,171(がん経験者) 2020年4月アフラックネット調査

つらかった抗がん剤治療の日々。

卵巣を摘出する決断をしたものの、何よりも気がかりなことがありました。当時はまだ結婚する前だったのですが、将来、子どもを持てる可能性は残したい。この点は、先生に最も強く伝えたことでした。左側の卵巣に転移するリスクを考えて左側も摘出するか、自然妊娠の可能性を考えて左側の卵巣を残すか。2つの選択肢がありました。家族はがんの治療後の生存率を気にしていましたが、私はどうしても卵巣を残し、子どもを持てる可能性を残しておきたかったんです。

手術前に先生から、おなかを開け左側の卵巣にがんが転移していた場合、左側も一緒に摘出する可能性があると説明されていたので、手術を受けるのは本当に怖かったです。だから、全身麻酔から目が覚め、先生から「大丈夫でした。右側だけきれいに(破裂することなく)摘出しましたよ」と告げられたときは、安堵の涙が止まりませんでした。

手術後の病理検査の結果、私のがんはステージⅠであることが分かり、すぐに抗がん剤の治療が始まりました。3週間入院して抗がん剤治療を受けたあと、退院して自宅で1週間過ごす、これが1クールで、この抗がん剤治療を3クール行いました。途中、白血球の数が低下し、治療できない期間があったため、抗がん剤治療が終了するまで4か月半かかりました。

抗がん剤の治療は「つらかった」の一言です。副作用で吐き気とだるさに襲われ、起き上がることもできない。先生から吐き気止めは出してもらえましたが、抗がん剤自体の投与量を減らすことは難しい。耐えるしかありませんでした。

抗がん剤の点滴注射による血管の痛みも予想外につらかったですね。私はもともと血管が細いのですが、投薬を続けることでさらに血管が脆くなってしまい、最後の方は、注射の針を刺せる所が見当たらなくなり、指と指の間から刺したこともありました。いまではかなり薄くなりましたが、それでも私の腕のいたるところに色素沈着した注射痕が残っています。

それと、知識としては知っていましたが、実際に経験してみると、髪の毛が抜けることもショックでした。2クール目が始まったまさにその日、手でかき上げただけで大量に髪の毛が抜けてしまったんです。その日のうちにほぼ地肌になるほど、全部の髪の毛がなくなりました。

支えてくれた彼と結婚。

つらい治療の日々を支えてくれたのは、治療後に結婚した夫の存在です。彼と付き合い始めたのは、がんの診断を受ける2週間前。一番、楽しい時期でした。でも、まだ付き合って間もないですし、自分がこの先どうなるかも分からないので、がんと診断されたあと、彼に事実を伝えて別れを切り出しました。

そのときの彼の言葉や表情は、いまもよく覚えています。
「今で良かったよ。俺が一緒にいてあげられるから」

彼にそう言われ、私は子どもみたいに声を上げて泣いてしまいました。その言葉通り、彼はほぼ毎日お見舞いに来てくれました。髪の毛やまつげが抜けて落ち込んでいると、顔色一つ変えずに、「大丈夫、人間は強いから。また生えてくるから」そう言ってくれました。この人のためにも、絶対にがんを治そうと思いました。

手術から約4か月半の闘病生活を経て、治療を終えた半年後の2021年1月に、彼からプロポーズを受けました。

実は前年末、私は再び彼との別れを覚悟していました。治療が終わったあと、妊よう性[*1]を確認して、私の卵子の数が極端に少なくなっていたことが分かったからです。その頃には、ウィッグのおかげで見た目は元通りになり、普段の生活を送ることができるようになっていたので、周りの人たちは「元気になって良かった」と喜んでくれました。ただ私にとって、この妊よう性の結果はがんと診断された以上につらく、見た目からは分かってもらえないという思いを抱えて、過ごしていました。

もし彼が将来を考えて子どもを望むのなら、お互い違う人生を歩んだ方がいいかもしれないと思いました。一人でたくさん悩んだあと、彼と真剣に話を重ね、私と彼は結婚をすることに決めました。受け入れてくれた彼や、彼のご家族には感謝の気持ちでいっぱいです。

[*1]妊よう性……妊娠するために必要な力。女性では卵巣や子宮、男性では精巣などが重要な役割を果たす。

長藤由理花さん

がん保険に入っておかなかったという心残り。

がんと診断されたものの、治療を経て、結婚。本当に私は恵まれていたと思います。

ただ、がん保険には⼊っていなかったですし、治療期間が4か⽉半と短かったのですが、経済的負担はかなりありました。当時勤めていた会社の健康保険の他、自分では保険に入っていませんでした。入院の準備を進めているときにさまざまな費用が発生しそうなことが分かり、がん保険に入っておかなかったことを心から後悔しました。

結局、入院費、手術費、抗がん剤治療費など高額療養費制度を利用した上で負担した金額は約100万円。入院中は差額ベッド代がかからない大部屋を利用したのですが、通院のタクシー代やウィッグ代なども含めて、これだけの金額がかかりました。両親には「どうして保険に入っていなかったの?」と言われました。当時はそれだけの貯金はなかったので、両親にサポートしてもらいました。本当に感謝しています。

がん保険に入っておけばよかったと思う理由は?

1位:
「家族の生活にも負担をかけた」37.6%
2位:
「治療費が予想以上にかかった」26.7%
3位:
「がん治療により治療以外の
費用がかかった(外見のケアなど)
13.6%

※ 回答数=412(がん保険未加入がん経験者) 2020年4月アフラックネット調査

悩みを持つ人たちのためにも、
きれいになってみんなを元気づけたい。

髪の毛が抜けたことはショックでしたが、ウィッグのウェブサイトを見ると、まるでヘアサロンのカタログのよう。値段も3,000円台から手に入って、しかもオシャレなんです。いろいろな髪型を体験できると思ったら、逆にテンションが上がってきました(笑)。セットしなくていいし、1日使ったら洗って乾かすだけでいい。きれいなカールもずっと保てる。髪型や髪の長さ、カラーなど種類も多くて、いまでは私も約10種類のウィッグを持っています。この際、ヘアスタイルをポジティブに楽しもうと切り替えは早かったかもしれません。

治療後は、美容にも目覚めました。それまでは化粧品やスキンケアにはまったく関心がありませんでしたが、抗がん剤治療の影響でまつげが抜けてしまったのでまつエク[*2]をしたり、そばかすが増えたからいい化粧品を探したりと、以前とはずいぶん変わりました。

ウィッグを利用したのがご縁で、いまもウィッグの会社の情報をSNSで発信しています。傷痕がひどいんですとか、どうやってきれいになりましたかといった声がDMでたくさん寄せられるようになり、そんな悩みを持つ人たちのためにももっときれいになって、がんになっても美容を楽しむことができるということを伝えたいと思うようになりました。ちょっと高かったですけれど、美顔器も買ったんですよ。それをまだ少し注射痕が残っている腕に使うこともあります。

[*2]まつエク……自分のまつげに1本ずつ人工まつげを専用接着剤で装着する技術。まつげエクステンションの略。

治療による
見た目の変化が
不安でしたか?

はい 57.5%はい 57.5%

※ 回答数=1,061(がん経験者、女性) 2020年4月アフラックネット調査

本当にやりたいことを踏み出すきっかけを与えてくれた。

仕事も大きく変わりました。がんと診断されたとき、上司には「長藤さんの席は守るから、安心して治療してほしい」と、ありがたい言葉をかけてもらい、絶対に早く戻らなくてはと、退院して1週間後には仕事に復帰しました。まずは会社に恩返しをしたいと思ったんです。

でも、神様が残してくれた命があって、本当にやりたいことがあるのに、このままでいいのかなと考えるようになりました。以前から副業としてフードコーディネーターの仕事をしていたのですが、上司にも「戻ってきてくれたことはうれしいけれど、自分の人生だからやりたいことをやってほしい」と送り出してもらい、好きなことを仕事にする決断をしました。前職の方々の理解も含め、私は本当に周囲の人たちに支えられていると実感しています。

現在は、日本の生産者さんとタッグを組んで、食材のおいしい食べ方や販売方法を提案する仕事をしています。自分がおいしい、販売したいと思ったものを提案できるのは、本当に楽しくて、踏み出して良かったなと思っています。

長藤由理花さん

自分に起こり得るリスクを想像してみてほしい。

とはいえ、過去を振り返って、「がんになって良かった」「いい経験だった」とはどうしても言えません。できれば病気になんかならない方がいい。でも、支えてくれる彼がいて、良い先生に巡り合うことができて、お金の心配はしなくていいと助けてくれる両親がいて、席を確保して待っていてくれた職場があって、自分より泣いて心配してくれた友達がいて、私は周囲に感謝する大きなきっかけを得ることができました。その気づきは、SNSでウィッグの情報を発信することもそうですが、同じ病気で悩んでいる人たちを勇気づけることに繋げていきたいと思います。

自分は健康だと過信することは禁物です。若くても検診を定期的に受け、少しでも気になる点があれば病院にかかり、忙しい毎日のどこかで一度立ち止まって、自分に起こり得るリスクを考えてみてほしい。がん保険について知ろうとすることもまた、そうしたことを考えるきっかけになると思います。そして、そのリスクに対し何か備えておく必要があると感じるなら、がん保険などを考えてみればいいのかなと。まずは、自分に関わるリスクについて想像してみることが大切なのかなと思います。

長藤由理花さん

2021年6月現在の情報を元に作成

※がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。