医師の自分が、がん当事者になった。
頭が真っ白になった。

子供の頃から小児ぜんそくがあったので季節の変わり目に咳こむことはありましたが、咳が強くなったので妻の勧めで肺のCTを撮りました。医師として元々週1で勤務していた病院で放射線技師さんとも知り合いでした。撮影後「異常なかったですかね?」という感じでふらっとバックヤードに行ったら4cmくらいの腫瘍が写っていました。頭が真っ白になりました。本当に自分の画像か、とさえ思いましたが、そこには自分の名前がありました。これまでも医師としてたくさんのがん患者さんと向きあってきたのですが、自分が当事者になるとはこういうことか、と思いました。

脳への転移。

「手術で取り切れるか」が気になりました。もし、転移があり、手術で取りきれないとしたら抗がん剤治療になります。手術できるかどうかの判断も含めて、専門の大きな病院へ相談するべきだと思いました。翌日、撮影したデータを持参して、別の大きな病院に行き、精密検査を受けました。脳幹や小脳など脳にも10か所ほど転移していることがわかりました。手術ではない治療を受けることになりました。

主治医に「どう生きたいか」を伝えて、
治療を選択してもらいました。

治療は同年代の信頼できる医師に担当してもらっています。自分の場合は医師として知識や経験もありますが、今は患者に徹することが大切だと感じています。がんの治療は日進月歩でどんどん進化して抗がん剤の種類も増えているので、主治医に任せたほうがいいと思いました。抗がん剤の治療の知識も2年経つと古くなるほど日々進歩しています。選択肢も増えて、治療選択が難しくなってきているので専門家の意見は大切です。

関本剛さん

患者としての目標、「どう生きたいか」を伝え、あとは基本、主治医が提案してくれる通りにしています。私の目標は、今くらいの状態をなるべく長く維持することです。がん治療は続けながら仕事ができて、家族と余暇を楽しむことができる状態。それに合うよう治療を提案していただければ、全力で取り組みますという話をさせてもらいました。治療は医師と患者の共同作業であり、医師の独りよがりも良くないですが、患者の独りよがりもよくないと実感しています。いつも外来の診察には妻も来てくれて、主治医は家族の意見も聞いてくださるのですごくありがたいです。

通院での抗がん剤治療には、体力もお金も必要です。

サイバーナイフという放射線治療で脳の腫瘍を小さくした後、通院での抗がん剤治療を今も受けています。抗がん剤の種類が変わるたびに数日入院しますが、それ以外は通院が基本です。がんの治療も昔とは変わり、十数年前から抗がん剤治療は入院ではなく通院で受けることが多くなっています。通院だからといって一概に楽だとはいえず、体力、気力がないと抗がん剤治療を続けるのは厳しいと思います。治療の待ち時間にスマホを見たり本を読んだり、カフェで過ごす程度の余裕がほしいです。抗がん剤の副作用も少なくなってきたイメージがあると思いますが、私の場合は下痢とざ瘡(ニキビ)がつらいです。

治療費は毎回高額になります。

私が今使っている分子標的治療薬(抗がん剤)の点滴は1本80万円ほどかかります。3割負担でも、支払いの会計機の前でのけぞることもしばしばです。高額療養費制度もありますが、これはもう、働き続けないとやっていけないなと思いますね。自分がいなくなった後、家族が生活に困ることがないよう、今の資産を妻子に残したい。自分で稼いだ分で治療しよう、という気持ちで働いています。

保険には入っていたけれど、
もっと手厚く保険に入っていればよかった。

がんが見つかったとき、保険の担当者に相談してこれからの家計のシミュレーションをしました。子ども2人の大学までの教育費はなんとかなるとわかってほっとしました。標準治療でもこんなにかかる、もっと手厚く入っていればよかったと思いました。私の場合は医療保険の入院保障が60日上限だったのですが、日数無制限の保険もありますよね。がんの治療は長く続くので日数無制限の方が心強いと思います。また、現代の治療に合わせて通院での抗がん剤治療に対応していることも大切だと思います。自分のがんが保険を見直すきっかけになり、妻の保険は入り直しました。

らくに長生きをめざす、緩和ケアという仕事。

私はがん患者であると同時に、緩和ケア医として日々患者さんと向きあっています。緩和ケアというとみなさん終末期を想起されるかもしれませんが、今はがん診断時など、早い時点から検討されるものになっています。治療に緩和ケアを取り入れ、痛みを含めた苦痛を軽減することでらくに長生きをめざします。抗がん治療だけでなく緩和ケアも併用した方が生存期間が長くなった、というデータもあります。

現代の医療は患者さんに「やさしいこと」も重視されています。解熱鎮痛剤と一緒に胃薬が処方されるように。抗がん剤治療には吐き気どめなど副作用対策の薬と緩和ケアもセットで検討される時代なのです。

関本剛さん

がんを取り巻く4つのトータルペイン。

がんの苦しみには4つのペイン「苦痛」があるとされています。痛みや吐き気、息苦しさなどの身体的苦痛、仕事や経済面の社会的苦痛、不安や抑うつなどの精神的苦痛、そして「なんで自分がこんなひどい目にあわなければいけないのか」「こんなにつらいなら生きている意味がない」など、生きている意味そのものを問うスピリチュアルペイン「実存的苦痛」です。すべての医療者が最低限対応しなければならない課題ではありますが、それらに対応するのも緩和ケア医の仕事です。身体的苦痛以外は人生の数だけ答えがありますので、患者さんとよく話し、身体的な苦痛の緩和はもちろん、その人の人生観まで思いをはせて苦痛に対応していきます。

そのために初回の診察では「お困りごとはないですか?」と1時間かけて患者さんのお話を伺います。その方にとって何が苦痛で何か大切なのか。いかに人生観を語ってもらうかを心がけています。

患者さんには魂をこめて伝えていく。

がん患者になってわかったのは、相手が心配して振り絞ってくれた言葉に心を動かされる、ということです。がんでがんばっている人に「がんばりましょう」はNGワードだと一般に言われていますが、医療従事者ではない方から「応援してるから!がんばれ!」と言われて「ありがとう!」と嬉しい気持ちになったことがあります。逆に適当な一言に少しイラッとすることも。

医師から思わず出た一言で患者さんが考え込むことだってあるでしょう。つらい人に「この言葉さえ言えば大丈夫」というようなセリフはありません。目を見てうなずくけれど、凝視はしない。患者さんの言葉をそのまま繰り返し、「あなたの話を聞いていますよ」と安心感を伝えることもできます。いっしょに喜んだり、悲しんだり、魂をこめて伝えていかねばと思っています。
自分もがん患者になってからは、患者さんには同志のように思ってもらえている感じがします。患者さんに支えられている気持ちになることもあります。

母くらいの世代の女性の医師からは「代われるものなら代わってあげたい」としっかりと抱き締めてもらいました。同世代の医師からも「オール神戸で支えていきますよ」と言ってもらって心強く思っています。

ラスト1か月の生き方を考えておく。

関本剛さん

昔は医療の役割は延命こそがすべてでした。今はもしものときのことを家族で話しておくことが大切ではないかと言われています。誰にでも旅立つときはやってきます。それまでの約1か月間は寝たきりになる人が圧倒的に多いです。よく「ピンピンコロリ」が良いといわれていますが、それは医学的に言うと「突然死」で、本人は良いですが心の準備ができていない周囲は大変です。当たり前のようにできていたことができなくなってきてぼんやりしてきた時にどんなことをしたくて、どんなことをしたくないのか。自分で意思表示できなくなる時期が高確率で来ることを想定して、もしもこうなったらこうしたい、こういうことはしてほしくないと周りに伝えておくといいと思います。

また、普段からかかりつけ医を持っておくこともおすすめしたいです。なんでも相談できる医師との家族のような関係があれば、いざというときに信頼できる専門の医師を紹介してもらえると思います。

「おとうさんのがんがちぢまりますように」
七夕の短冊に書いてあった子供の気持ち。

私のがんが見つかったとき、娘は小3。息子は幼稚園でした。娘はひいおばあさんをホスピスで看取った記憶があったので私が「おとうさん肺がんになったわ」というと、最初からよくわかってくれていました。初めは「死んでほしくない」とベッドに入ってきていましたが、自分なりに納得したのか1か月ほどで「お父さんが生きてる間に家族で温泉に行きたい」と言ってくれたのは頼もしかったです。子どもの成長は早いですね。息子はすぐにはピンとこなかったようで、ある日私のことがTV番組で取り上げられたのを見て「おとうさんってすぐ死んじゃうかもしれないの?」と泣きました。

そんな息子も小1になり、先日七夕の短冊に「おとうさんのがんがちぢまりますように」と書いてくれていました。子どもながら、がんの完治はないことを認識し、少しでもよくなるよう願ってくれているようです。幼稚園から2年経って色々わかってくれていると思うと嬉しくもあり、悲しくもあったりしますけど。幼い子どもにもがんと向きあい、理解する力、乗り越える力があります。がん患者さんにお子さんがいる場合、言葉が話せる子には親として真実を伝えるべきだと私は思っています。

がんが見つかってから家族旅行で温泉には何回も行きました。スキーも2シーズン行けました。少しでも長く、普通にいっしょに、家族とにこにこ過ごしたい。それが私の願いです。子どもたちは動物が好きなのでペットを飼うのもいいなと思っています。新型コロナウイルスが落ち着いて海外旅行に行けるような状況になったら家族でハワイに行きたいです。

2021年9月現在の情報を元に作成

※がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。