がんと向き合う時間は、とても孤独です。ひとりで悩みを抱えるがん患者やがんサバイバーにとって、自らの療養生活や社会復帰について考え、同じ経験を持つ人と会話をする「患者会」は、心の拠り所になっているそうです。今回は、そんな患者会を「がん体験者だけでなく、非体験者にも、女性も男性も、この会に賛同する人たちに広く集まっていただき、情報交換や学習会を通して女性の健康、医療などについて考えていく会」として開催、活動しているNPO法人ブーゲンビリアの代表理事・内田絵子さんにお話を伺いました。

合言葉は「せっかく乳がんになったのだから」

「がん患者の人は、罹患した事実を人生の汚点のように捉えてしまうケースが少なくありません。『不規則な生活をしていたからがんになったんだ』『食事に手を抜いたのが原因かもしれない』など、過去の自分を責めてしまうんです。そんな不安や自責の念を抱えている女性には『あなたは何も悪くない』と伝えています」

そう話すのは、代表理事を務める内田絵子さん。ブーゲンビリアは乳がんと女性特有のがん体験者が中心となり、さまざまな活動に取り組んでいる患者会です。

「ブーゲンビリアには『せっかく乳がんになったのだから』という合言葉があります。過去の自分を責めるのではなく、せっかくなら未来を見据えて今やれることをやろう、という意味を込めています」

ブーゲンビリアの活動の原点は元気をあげたり、もらったりする「おしゃべり会」。おしゃべりをしながら自身の体験や胸の内を患者同士で共有し、がん患者の癒しにつなげているといいます。

「罹患者や体験者は、がんになった自分を責めたり、ホルモン療法中の副作用の苦しみなど、肉体的、精神的なストレスを感じたりします。そうしたがん特有のストレスを仲間同士で話したり書き出したりして気持ちを共有すると安心感が得られるのです」

その他にも、お花見やクリスマス会、温泉旅行などのイベントを開き、会員同士の交流も盛んです。中には“死”に踏み込んだ企画もあります。

「毎年8月には『偲ぶ会』を開き、過去に亡くなった会員さんの思い出を語り合います。一般的な患者会では“死”に関する話題はタブーになりがちですが、死は誰にでも平等に訪れるもの。目を背けずに死と向き合う機会として、とても大切にしている行事です」

生と死をしっかり見据えるのがブーゲンビリアの大きな特徴の一つなのです。

医療先進国・シンガポールで受けた“人間の尊厳を守る”がん治療

仲間たちと手を取り合いながら、ブーゲンビリアを運営している内田さん自身も44歳のときに乳がんを罹患したがんサバイバーの一人。乳がんが発覚した当時、内田さんは「生活の変化や家庭事情など、さまざまな悩みを抱えていた」と振り返ります。

「乳がんが見つかったのは1993年。夫の仕事の都合でシンガポールに滞在していた時期でした。日本に帰れない状況や慣れないシンガポールでの生活、日本で病を患っていた父への心配もあり、とてもストレスフルな状況でした。そんな中、夫が私の胸のしこりに気が付いたんです」

それまで内田さんは一度も乳がん検診を受けていませんでしたが、しこりが見つかったとき「乳がんに違いない」と確信。すぐに専門医に相談し、精密検査を受けて医師から乳がんの告知を受けたそうです。

乳がんを告知された時のことを語る内田絵子さん

「乳がんを告知されたときは、どうやって家に帰ったのか覚えていないほど動揺していました。まず夫に伝えたのですが、その日の夕食の際に夫は2人の息子に『お母さんはがんになってしまったので、これからは家族みんなで支え合おう』と話をしてくれたんです。そのときは驚きましたが、夫の言葉にはとても助けられました」

乳がんを罹患している女性の中には、子どもたちを不安にさせまいと罹患を隠して過ごしている人も多いのだとか。多くの女性から相談を受けている内田さんは「身近な人に病を隠し、ウソをつかなければならない精神的負担はとても大きいようです」と話します。

「夫のおかげで私は、周囲の目を気にすることなくがん治療に専念できました。もちろん、乳がんが発覚したときは人生が終わったように感じて落ち込みましたが、あるときから『がんは長い人生の中にある一つの“点”』だと思うようになったんです。そして、がんを乗り越えた先の人生も楽しみたい、という気持ちが(治療への)やる気にもつながりました」

その後、シンガポールで治療を受けた内田さん。医療先進国のシンガポールでは20年以上前から「セカンドオピニオン」や「インフォームドコンセント」といった医療サポートがとても充実していたそうです。

「最初に診断を受けたときに、主治医からセカンドオピニオンを勧められました。日本では“セカンドオピニオン”という概念すら広まっていない時代だったのでびっくりしましたね。治療に関する情報も十分すぎるほど開示してくれて、わからなければ医師に気軽に質問もできる。また、治療の初期から『心配しなくていいよ』という言葉をたくさん掛けてもらい、精神的な緩和ケアも受けました。シンガポールの医療は『人間の尊厳を守る素晴らしい治療』だったんです。日本は患者を不安にさせず、最善を尽くすという“思いやり”から、治療方法を語りすぎない傾向にありますが、シンガポールは、患者もチームの一員として一緒に治していきましょうという“思いやり”から、隅々まで患者に話す傾向が強かった。どちらも患者の病を治すための配慮ですが、私はシンガポールの方が心地良かったですね」

シンガポールの医療に感動した内田さんは、彼らに恩返しをしたいと考え、ブーゲンビリアを立ち上げました。設立当初は、日本のがん経験者も内田さんと同じように医療に“感謝”を抱いているだろうと思っていたそうです。ですが、そこには大きなギャップがありました。

「会員のみなさんに話を聞くと、大半の人が日本のがん治療に大きな不満を抱いていたんです。特に情報開示が不十分で、一般的に医師から勧められることが多い『標準治療』と呼ばばれるものでさえ自分がどんな治療を受けているのかわからない、というケースがとても多かった。日本医療の“思いやり”が逆に不安にさせてしまっていたんです。そんな会員の声を聞いて、ブーゲンビリアでは学びを徹底しようと考えました」

同会では「学び」「癒し」「アドボカシー活動[*1]」「国際ボランティア」「研究支援」という5つの柱を軸に、さまざまな活動を実施しています。その中でも、がんに関する知識や情報を専門家から学ぶ「学習会」は、これまで80回以上も開催している人気のイベントです。

「『学習会』は、医師やカウンセラー、社会保険労務士、がん体験者を講師に招いて、あらゆる角度からがんを学び、考える企画です。標準治療を基準にしたがん治療の最前線や、メンタル面でがんと向き合う方法など、テーマは本当に多岐にわたります。(参加者と講師の)上下関係がなく、フラットな空間で対話ができるので、参加者や講師からとても好評なんですよ」

がん患者が知識を身につける重要性について語る内田絵子さん

またブーゲンビリアでは、年に一度、より幅広いがんの知見が得られる大規模なシンポジウムを行っています。内田さんは、がん患者が自ら知識を身に付ける重要性について、こう話します。

「患者にとって“情報は命”です。治療法が多様化して選択肢が増えた現代は、医師に全てお任せというわけにはいきません。患者自身も治療に関する知識を持って初めて、自身の治療法を選択できるのです。また、がん患者以外の方も治療に限らずがん保険がん保険選びや社会復帰後の働き方など、“学ぶ姿勢”はさまざまな場面で役に立ちますよね」

[*1]アドボカシー:擁護や支持という意味を持つ英語(advocacy)。アドボケイトとも。NPO法人ブーゲンビリアでは、「患者アドボカシー活動」として、制度・政策の変革により課題解決をする活動の意味で使用。

がんと向き合い、自分を取り戻していく女性たちの美しさ

乳がんや女性特有のがん患者に寄り添い、学習会やおしゃべり会を中心に始まったブーゲンビリアは2018年に設立20周年を迎えました。その勢いはとどまることなく、国際ボランティアや医療機関と連携して治験を含めた研究支援にも携わるなど、活動の幅を広げています。「当初は3年ほどでやめるつもりだった」と話す内田さんが、長い間、ブーゲンビリアを続けることができたモチベーションとは一体何なのでしょうか。

「モチベーションは、みなさんの表情の変化ですね。入会したばかりのときは、ふさぎ込んでいる方が多いのですが、ブーゲンビリアで活動をするうちに表情が明るくなっていくんです。がんと向き合い、自分を取り戻した女性はとても美しいんです。彼女たちの変化を目の当たりにしたときに、やりがいを感じますね」

そして、現在がんを罹患していない女性たちには「自分の体を愛してほしい」というメッセージを送ります。

「私は、がんが見つかったときに初めて、自分の胸に大きな“えくぼ”ができていることに気がつきました。忙しさから自分の体をちゃんと見ておらず、体の変化を見落としていました。私のように自分の体をないがしろにせず、セルフチェックを日課にしておくと体の変化に気づくことができるかもしれませんね」

内田さんは最後に「がんは、無限だと思っていた人生が有限であることを教えてくれました。今でもがんに感謝しています」と優しい声でお話ししてくれました。ブーゲンビリアは、今日もがんと向き合う女性たちを陰ながら支えていることでしょう。

笑顔の内田絵子さん

<内田絵子さんプロフィール>
NPO法人ブーゲンビリア統括理事長。44歳のときシンガポール滞在中に乳がんを罹患。乳房の全摘出、抗がん剤治療、乳房二期再建手術と一連の闘病生活を体験し、人間の尊厳を大切にするシンガポールの医療に感銘を受ける。1998年、日本に帰国後に患者団体としてブーゲンビリアを設立し、さまざまな活動を行う。

※がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。